私の中では、この研究は毎日の生活の一部で衣食住とおんなじで、考え方の前提や分析枠組みは私にとって当たり前、説明を要する意味さえわかんないです。だけど、国際政治って一言に行っても、いろんな人がいろんな考え方してて、ほんの少しの考え方の前提や分析枠組みの差異に気づかないと、論理に耳を傾けながら頭でモデルをくるくるさせられます。文系の研究の特色である「=」で簡単に正解が結び付けられる世界が確立されていないこの世界は、研究の高度さの要求だけでなく私にどうやって生きる?って問いかけてきます。
自信ない… が口癖のくせに、論理が「自分の感覚に落ちてくる」という絶対的な「自信」みたいな考え方を持っているせいですごくすごく研究することが好きであり、かつ、拘束されています。そのくせ、研究の能力は人よりちょっとあるけど、抜きに出てあるかと言われると全くクズのレベルで、本当は逃げ出したいです。
私は学者にならないし、なれないし、なりたくないです。学者にならないから、私に価値を見出している人もいることも知っています。この企業のこの部門のこの仕事がしたい、公務員になってこの課で働きたい…レベルまで考えいて、実務の駒?となって働きたいって心から思っています。
だけど、大学院入試へ人とは違う形で一回だけ挑戦してみようと思います。応援されるたびに応援されることが嫌いになるけれど、合格する自信なんてさらさらないけれど、大学院という世界にひかれる自分がいます。恋愛の話ではないです(・o・)
自信ない… が口癖のくせに、論理が「自分の感覚に落ちてくる」という絶対的な「自信」みたいな考え方を持っているせいですごくすごく研究することが好きであり、かつ、拘束されています。そのくせ、研究の能力は人よりちょっとあるけど、抜きに出てあるかと言われると全くクズのレベルで、本当は逃げ出したいです。
私は学者にならないし、なれないし、なりたくないです。学者にならないから、私に価値を見出している人もいることも知っています。この企業のこの部門のこの仕事がしたい、公務員になってこの課で働きたい…レベルまで考えいて、実務の駒?となって働きたいって心から思っています。
だけど、大学院入試へ人とは違う形で一回だけ挑戦してみようと思います。応援されるたびに応援されることが嫌いになるけれど、合格する自信なんてさらさらないけれど、大学院という世界にひかれる自分がいます。恋愛の話ではないです(・o・)