はいどーもー。

 

 

 

今日、1月17日は阪神大震災が起きた日です。

 

朝のニュース(いつも関西ローカル局の番組を見ている)では

取り上げられていましたが、他局はどうだったのかなぁ。

 

今日は私が体験した記憶を残して置こうと思います。

 

 

 

当時、私はちょうど二十歳になる年で短大卒業の年でした。

 

数週間後には、短大の友達とヨーロッパへの卒業旅行が決まっていて、

指折り数える日々だったんです。

 

 

そんな中、あの震災。

 

私は当時、大阪北部に住んでいたのですが、

それでも確か震度は4~5ぐらいはあったと思います。

 

早朝だったので、もちろん寝ていましたが、

一度寝たら起きないと言われた私も、

さすがにあの揺れには気づいて起きました。

 

当時、おとんは単身赴任中で家におらず、

おかんがうちらの部屋に飛び込んで来て、叫んでました。

 

私のベッドの横には大きなオーディオコンポがおいてあり、

重いスピーカーがあったので、

それを押さえておきなさい、ということを言ってたように思います。

 

揺れが収まって、1階に降りてすぐ、テレビを付けたのですが、

停電で付きませんでした。

 

このときはまだ、そこまでひどい状態だとは思いもしなかったので、

「結構揺れたから、停電にもなるか」ぐらいに思っていました。

 

しばらくすると、近所に住んでいたおじが、

懐中電灯で照らしながらうちに来てくれたのを

とても心強く思ったのを覚えています。

 

家の中は思ったほど被害もなく、

ちょっとした飾りが倒れてたぐらいでよかったと思っていると、

テレビが付きました。

 

すると、いきなりあの衝撃的な映像が目に飛び込みました。

 

阪神高速道路が横倒しになっているあの映像です。

 

一瞬わけがわからず、

「え??どこ??」と思いつつも、

さっきの地震のせいだとも思わず、

「なんか高速道路っぽい」と思ってたかなぁ。。

 

すると、テレビから「阪神高速道路」と聞こえて、

そこではじめて、かなり大きな地震が起きたと認識。

 

それでも、その高速道路だけがたまたま倒れただけで、

神戸中があんな戦時中のような状態になってるとは夢には思いませんでした。

 

でも、時間を追うごとに、同じ関西とは思えない映像がどんどん増えて

神戸が大変なことになってしまった。。と認識していきました。

 

 

と同時に、神戸に住んでいる、卒業旅行に一緒に行く友達のことが心配になりました。

 

結局、数日後に連絡が取れ、登校もできて、一緒に卒業旅行に行くことができました。

「家が無事だったからせっかくの旅行だし行っておいで」とその子のご両親が言ってくださったので

全員で行くことができました。

 

 

一通り状況がわかってくると、

バイト先のことが気になりました。

 

当時、私は家電量販店でバイトしていたので、

もしかしたら、大変なことになってるんじゃないかと。。。

 

遠方からの社員さんばかりだったので、

誰も来れないんじゃないかと思い、

とりあえず、バイト先に行きました。

 

いつものようにフロアに入ると、

思ってた以上に大変なことになっていました。

 

当時はまだ、液晶画面ではなく、

ブラウン管のくっそ重たいテレビばかりで、

下段においてあった大きなテレビはほとんどが落ちて

ブラウン管が粉々になっていました。

 

他の売り場も見回るとやはりいろんなものが散乱していました。

特にひどかったのは、カセットテープ売り場。

棚からほぼ全部が出て、広範囲に散らばっていました。

 

テレビはどうしようもないので、

カセットテープを片付け始めると

社員さんが来ました。

 

公共交通機関がめちゃくちゃななかよく来れたなぁと

バイトながらに関心。

 

結局その日はバイトの日になってひたすら片付けをした、と思う。

 

当日の事って、それ以降全然覚えてないんですよ。

 

たぶんバタバタと一日が終わっていったんだろうなと思います。

 

 

 

 

 

長くなったのでつづきます