先日の喧嘩のことを主治医に話した。
そうしたら主治医が「ぼくは、すみません は言えるけど、 ごめんなさい は言えなかったんだよね」と。
そうして、「まあバツイチだからさ、オレ。」と。

そうだな、主治医と話していて分かったことは、夫婦で同業者になってはならないとか、いろいろ教わったけど、男性から謝る事の難しさも今回学んだ。

病気になる前、バリバリ働いていた頃はほとんど喧嘩なんてしなかったから分からないけど、
今回のようなある意味、陰湿な喧嘩はしたことが無かった。
もししていたら、離婚していただろう。
そのくらい、私は頭にきた。もし私に経済力があって、離婚を切り出す力があったなら、夫は謝ったかもしれない。でもいまの私は働いていなくって、完全に上下関係だ。彼はそんなこと出来ないと思っているだろう。
今離婚したら私は実家に帰ることになるし、そうしたらなかなかいい病院がないことも知っている。だから強気に出る。
卑怯だ。
病気を治すか、働くか、何かしらこちらも対抗手段を持ちたい。
そうじゃないと、私が私じゃなくなる。



医師に相談しようと思って出かけた病院。
誰か知り合いにあえないかなぁ・・・といつも遠回りの道をふらふら歩いている。

同じ主治医の方に向こうは会計で、私は診察申し込みに行く途中、出会った。
彼女に事の一部始終を話すと、ひとこと「旦那さん疲れてるのよ」と。
さすが50代のいうセリフは重い。

喧嘩の結末は私が完全に折れた。
納得なんてこれっぽっちも無かったけれど、それでまた幸せな、楽しい生活が送れるならそれでもいいやと。
正直、病気じゃなかったら、いや正確には私にそれなりの稼ぎがあったなら、どこかよそに泊まりに出て行きたいくらいだった。でも出来なかった。やったところでしょせんは夫の稼いだお金だから。

早く働きに出られるようになりたいと、思った。
養っている・養ってもらっているという立場の違いは、私が子どものころ見て育って一番嫌な生き方だったはず。
自分のものくらい、自分で稼ぐ
そう思って大学まで行ったし、職業にもついたのに、今の私は中学生の数学すらたぶんまともに解けないかもしれない。高校は無理だ。もう一回勉強するか?そんな気力ないくせに・・・

普通の事務みたいなパートでもする?
心のどこかでプライドが邪魔している。

SEには戻れる自信がない。
あまりにもブランクがありすぎるし、記憶の欠落があるので新人と同じレベルだ。
そんな状態でSEとして就職活動をするのは多分無理だろう。

どうしたらいいんだろう・・・
うつの方もまだ良くなってないから頓服が2種類に増えた。これじゃ働けないね。


でもそれ以前に最近体調が悪い。
夫は風邪でもひいたのでは?というけれども、毎朝吐き気で目が覚める。
ここしばらくは、飲み物くらいしか口にしていないから、吐くにも吐けない。出てくるものが無いんだ。
薬局にTELしても、吐き気は無理に止めてはいけないと言われたので、薬も飲んでいない。夜になるとちょっと良くなる。果物くらい、ジュースくらいは食べたり飲めるようになる。


明日、夫の家族3人が我が家にやってくる。
あさってに都内で用事があってくるのだけれど、妹がどうしてもおにいちゃんのお家に泊まりたい
と言い張って、本当はホテルを取ったのだけれどキャンセルして、
リビングで雑魚寝してもらうことになった。

お義父さんは時間を気にせず息子と語れて嬉しいようだ。

ああ、これから片付けしないと・・・
お嫁さんは辛いよ。
もちろん夫の家族にはお世話になった。
いろいろ入院中もお世話になった。
でも、やっぱり他人なんだと、先日実家からかかってきたTELで思った。

義母は所詮夫の味方なのだから。
私がどこかで言ったのか、書いたのかは忘れたけど、
「具合が悪い。もうウツは治らないような気がして悲しい」
と言った
「だれも私の事分かってくれない」とも。

素直な本気な言葉だった。
でも、夫には気に入らない、頭にくる言葉だったらしい。
ものすごく怒っていた。

「逆の立場になったらどれだけ酷い言葉かわかる?」といわれたけれど、
確かに嫌な言葉だとは分かるけれど、じゃあわたしのその思いはどこへ吐き出したらいいの?

とりあえず、今回の夫の対応からして、今後、夫に向けてはいけないんだと学んだ。
こころにそっと秘めて、週一の診察時に医師に伝えるか、ここのブログで息抜きを兼ねて書くくらいしかやってはいけないのだろう。

夫は病気についての本を何十冊と購入して「分かった気」になっている。一時期パニック症候群にもなったこともある。
確かに適切なアドバイスをくれることもあるけれども、そうでないことがあるという事が分かっていない。
何事にも例外があることを忘れているのかもしれない。

昨日、静かな喧嘩のあと、一言夫が「これじゃODしたときと同じじゃないか」と言っていた。
私は何も言わず立ち去った。
だけれども、こちらはしないと決めたからしないだけで、、心理的にはしょっちゅうODしたいと思っている。
それをなんとかごまかし、頓服などで対処しているんだ。
そんなこと、知らないくせに。
私がどんな些細なことに傷ついて、辛い思いをしているかも分からないくせして、私のことを分かる、分かっているという夫が許せない。

でもそんなこという気力もない。
もう勝手にしてくれ、というのが唯一出てきた言葉。
私が過敏になりすぎなのかもしれないけれど、聞くと辛い。悲しくなる。涙が止まらない。そして自分がどうしようもなくダメな人間に思えてきて、ODしたくなる。死んでしまいたくもなる。

ODは医師と「もうしない」と約束してあるから「したい」という気持ちでギリギリ止めて、頓服を服用する。
あまり効いた感じはしないけど、「飲んだ」という安心感でなんとなく落ち着く。

世の中の人は子どもがほしくても、授かることが出来ない人がこの世の中にいることが存在することを忘れているのでは?と思ったりする。

夫はそういう話を聞いても平然としている。平気で「自分の子どもには***をするんだ」とか未来の話をしたりする。
私はそのときは適当に話をあわせるけれども、ものすごいプレッシャーを感じる。

何時になったら今飲んでいる薬がゼロになるのか。
体から成分が抜けるのか。
もしかしたら子どもが産める年齢の間にその時は訪れないのではないか。
不安なことを言ったらきりが無い。

入院仲間の一人で50代の女性がいる。息子と娘がいて、それぞれ大学を卒業して働いていると。
その方が娘に「結婚したら子どもは作らないで夫婦二人で楽しい人生送りなさい」と言っていると言っていた。
子どもができたらお金はかかるし、生活も大変になるから、それだったら夫婦二人、子どもにかかるお金ぶんを遊びに使ってHappyな生活した方がいいと思う、とその方はおっしゃる。

まあ私はその方の娘ではないから、その教えを守る/守らないは一切関係ないのだけれど、確かにあえて子どものいない人生を選択する人もいる。
だけども、私はやっぱり子どもがいる人生を送りたい。
送りたいけれども今はウツの薬を大量に飲んでいて、こんな状態での妊娠は子どもの健康上に支障が出るのは目に見えている。
なんとしても「薬を飲んでいない普通の女性」にならなくてはならない。
そんな日が私にやってくるのだろうか?

そんなことを考えると不安で、心配で、苦しくて、辛くなる。
通電治療で忘れてしまっていたことで夫が先日教えてくれたのは、私は入院してから副主治医の女性の医師に
「子どもは産めますか?」と質問していたらしい。答えは「Yes」だったと。
でもその答えも病状次第なんだろうな。


通電のときに、ふと思った。8回の通電で回復した人がいたのに、私は20回かかった。
私の人生なんだか大きな回り道で出来ているんじゃないかと。
普通の人が目の前にある横断歩道を渡って向かいのお店に入れるのに、私には横断歩道を渡ってはいけない何か理由があって、しかたなく大きくぐるっと回ってお店なんて見えないところまできてようやく見つけた横断歩道を渡って、お店を目指して道をまた戻るような。

自分の人生振り返ってみてHappyだったのはほんの数年だった気がする。
就職して、彼(今の夫)がいて、仕事も大変だけど頑張れて、休みは好きなことが出来て・・・といった普通の会社員時代。
あんな生活が、一生ではないけれども、もっともっと続くと思っていた。

5年前くらいに少しずつこんな風に何も出来なくなってしまったらしいけれども、私は人生という3000メートルレースで転んで未だ立ち上がれずにいる、そんな気分だ。

このまま立ち上がれないまま終わるのか、来るべき未来に立ち上がり、最初は足を引きずりながら、そうして少しずつ普通に歩けるようになって、だんだん走れる筋肉も付いてくるのかは、わからない。そして仮にそうできたとしてそれが何時なのかもわからない。

でもおかげで、今まで気づかなかったことにも気づけた。
よく「病気をすると健康のありがたさに気づく」というけれども、それにちょっとだけ近いかもしれない。
私はまだ不妊症という診断は降りてないし、妊娠可能と仮にいわれたところでウツの薬を飲んでるので子どもは授かれないけれども、「普通の女性」で子どもが授からない人の気持ちが、理由は違うけれども分かるようになった気がする。

ささいなことで子どもがいないこと、悲しくなる。
それはたとえばスーパーの駐車場で車に子どもを乗せている姿だったり、ちょっとやんちゃな子どもを叱ったりしているお母さんの姿を見たりなど。特に私はバスに乗ることが多いので、妊婦さんや、赤ちゃんを抱っこしているお母さんを見ると一撃ノックアウトだ。神様に「どうして、どうして私が?」と問わずには居られない。そしてその答えなんて無いんだ。


子どもの頃の夢も破れ、そもそも夢をかなえるための選択に失敗し、大学に入るのに2年も余計にかかり、就職したらうつ病になった。
もう大学時代や働いていた頃の楽しかった思い出は思い出したくも無い。理由は自分でも良く分からないけど、その人生の選択はそもそも私が願ったものではなかったからではないか・・・と今では思っている。

じゃあ医者になっていたらHappyだった?
と聞かれたら答えられないかもしれない。激務だと聞くし、少なくとも今の夫とは出会えなかった。でも自分の夢は果たせたという満足感は心の片隅に出来たと思う。その大きさが大きいか小さいかは、私は医者の仕事を全て知っている訳ではないので何とも言えない。

子どもの頃から医者になりたかった。
親も知っていた。
でもうちは貧乏だった(私の初任給クラスで家族4人が暮らしていた)
父は応援してくれた。せめてもと、問題集だけは惜しまずに買い与えてくれた。
分からなかったら職員室にひたすら解説をしてもらいに出入りしていた。
塾へ行くお金は無い。行きたいけど無いんだ。

それでも高校受験程度はクリアできたと思う。思うと書くのは、実際に地元の進学校を受験せずに実家から離れたところにある全寮制の高校の受験が先にあり、結果も先に出てしまったからだ。
たかだか14歳(早生まれなので)の私はこの貧乏な家から、ゆがんだ家族から逃げたい気持ちがあった。今思い返すとそれと高校を進学校にするのとではトレードオフになってないと思うんだけれど。
親は全寮制の学校を勧めてくれた。うちが信仰する宗教の系列の高校だったから。そうして私はまた回り道の人生を選択してしまった。


大学受験のときにはもう休み時間は職員室で過ごすのが当たり前となっていた。でも、不思議なことに誰も文句というかエコヒイキだとかは言わなかった。そんなこと言えないくらい真剣に通っていたことをクラスメートは知っていたからかもしれない。
でも、教師たち、いや、私も分かっていた。この高校から医学部へは行けないだろうと。高校3年生になって大手予備校の模試を受け、E判定がバンバン出ていた。私も負けじとひたすら志望校は医学部にしていた。万が一の奇跡にかけて。

そうしてセンター試験を受験するときがきた。結果は医学部に引っかかる点数ではないことが自己採点でわかり、実家の前にある某国立大学を受験した。予備校の細かな数値を元に合格確実なところに願書を出したので、当然合格した。発表の日、もう高校は卒業していて実家にいた。散歩がてら構内を歩いて、合格番号の一覧を見、自分の番号があったのを確認して、喜びも悲しみもせず掲示板の前から立ち去った私を地元のNHKか何かの人達が見ていた。どうみえたんだろう・・・



なんだか話が大きくそれてしまったけれど、私は通電をしてから過去の自分の選択に後悔を沢山している。
それは未来である今から思い返したら・・・という前提つきな話なのだけれど、私は自ら大回りの信号を渡る人生を送っているような気がしてならないのだ。
これから先は・・・まだ何も決められない。だけれども後悔の山の中から1つでもそれを潰す作業をしたいと思っている。今からでも間に合うこと、間に合わないこと様々あるけど、せめて間に合うことはやって行きたい。



今日は夫と喧嘩中。
どう調子が悪いのか聞かれて上手く答えられなかったら怒られた。
「もう治らないんじゃないかと不安だ」と答えた。
夫に「逆の立場だったらどう思うか考えてみろ」と言われた。
通院して、入院して薬を飲んで・・・と何年もやっていてその挙句、治らないと考えているのは許せないと。
確かに腹は立つだろう。

でも、そんなこと言われても、私の心はそう叫んでいる。嘘をついて元気なフリをしてそれで本当にいいの?
もう人生で後悔したくないから嘘はつきたくない。
「通電前の私は過去にこう言っていた」といわれても、今の私にはそれが良いと思えなかったら「NO」と言いたい。
あたらしい私が今ここから作り上げられているのかもしれない。
退院して、頓服だったのが常用になって、気づいたら何だかものすごく薬の量が増えていた。
起きていると、悲しくなる、不安になる、生きていることが苦しくなる・・・だからひたすら寝る時間が長くなるような処方方針だった。
12時間より少し長いくらい寝ていた。
夫も特に困っていなかったし、起きている時間にスーパーへ買い物へ行ったり料理をしたり・・・とある意味充実していた。OD後の診察も毎週木曜の15時過ぎくらいからだったから普通におきてから準備して病院へ向かっても間に合った。

ところが、4月になって、病院の席替えじゃないけれど医師の診療日が変更になった。
私の主治医は大学病院以外でもアルバイトしている関係で、水曜の午前中しか診られないことになってしまった。
他の日も病院には来ているみたいだけれど、外来の診察室を使っての診察は水曜の午前中だけ。

最高に遅くしてもらって12:30~にしてもらったけど、私の家から病院までは早歩きも含めて1時間かかる。
体調が悪くてゆっくり歩いたりしたら1時間20~30分くらいかかってしまうかもしれない。そんなふうに時間を逆算しながら前回は9時半に起きて診察へ向かった。寝たのは前夜8時。朝も夜も夫と会えない1日だった。

そこで医師に相談した。
「眠りすぎじゃないですか?」と。
医師も、「もう少し短くてもいいね」、と言ってくれた。

まずはヒルナミンを0にした。
変わりなし。

次はセロクエル。
現在絶賛実行中なのだけれども、実は私に処方されていた眠前の250mgとはMAX量だと医師は言っていた。
入院中の様子からして、医師は「150mgくらいのときがちょうど調子が良かったように思う」、とのこと。
でも、今は入院中ではないので、ある意味些細なことからストレスを受け、気分の波が激しい。
街中でも平気でボロボロ泣いてしまうくらいに。
とにかく、自分で試してみてちょうどいい量を見つけようということになった。

だからっていきなり150mgにはさすがにしない。
まず200mgにしてみた。2日ほど。
あまり減らす前と変わらない。

次に昨晩から175mgに挑戦中。今晩も同じ量で試す予定。
昨晩の感じではだいたい7~8時間程度眠れた。ぱっちり自力で目が覚めたんだ。
今晩も同じだったら、次に150mgへチャレンジするか・・・迷っている。
とりあえず175mgでストップして医師に相談したほうがいいのかなぁ。

それと、次回の診察では「生理不順」のこと話して婦人科へかかった方がいいのか相談しなくてはならない。

ウツの方がしんどいせいもあり、3~4ヶ月(か、もっと)に1度しか生理が来ていない。それも「生理」と呼べるような出血量ではない。今までは「とにかく眠ってでも何してでもいいから生きること」が第一で、それどころではなかった。「生理」みたいなことよりも大事なことに溢れていた。でもNetで検索すると、あまりその状態は放置しておくとよくないらしい。無理やりにでも薬で生理が来るようにした方がいいみたい。大学病院の婦人科へまわされるかもしれない。
近所の産婦人科へ行く方が近いし楽だけど、うつのこと、どんな治療をしているのかとか説明するのが面倒だから電子カルテでなんでもお見通し(笑)な大学病院の方が楽なようにも思う。

とりあえずは相談2件ってところかな。
次の水曜は11:30~の診察。
主治医からの課題は「セロクエルの量調整&化粧をしてくる」だ。
前回うすくお化粧して行ったら見破られ(まあ入院中から始まってずっとすっぴんだったから、「違うな」と感じたんだろう)、次回からもお化粧してきてくださいと言われた。

前回使ったものはうつになる前に使っていたもの。早く言えば4年以上前に購入したもの。
さすが品質悪化や、今の自分に合ってないと思い、愛用するファンケルのお店がある池袋西武へ行った。
どこの化粧品メーカーでもするように、カウンターのようなところで色を合わせたりした。
以前、就職する際に初めて化粧品を購入したときのように、あれもこれもと購入を勧められなかったのが良かった。
下地クリームとファンデーションを買った。店員さんはせっかくだからとフルメイクをしてくれた。

久しぶりの化粧、心のどこかに影響があるのか無いのか分からないけれど、その日夫と待ち合わせた池袋駅前で2人にナンパされた。まだまだ私もダメなんかじゃないのかもしれない。
退院直後は5mg頓服だったヒルナミン。中途覚醒が1~2時間おきで辛いといったら頓服じゃなくて眠前に5mgが投入された。でもやっぱり変わらず起きてしまう、とにかく寝かせて!と言ったらえ~い思い切って25mgにしようとなった。最初は良かったけど、ここ最近は13時間くらい寝ないと起きられず。それ自体は困ることは少なかったけど、4月から病院の診察が午前中になってしまい、何が何でも朝起きなくてはならなくなってしょうがなくの減薬なのです。

25→10mgにと水曜日の診察で言われ、やってみたけどやっぱり強いらしく、早く寝たらその分早く起きられるんだけど、今朝は前夜21時半の就寝で5時半起き。
まあちょうどいいかと思って朝食を一人食べていたら夫がおきてきて、「酷い顔してる、もう一回寝たほうがいい」と。
実際鏡をみたら確かに酷い。

結局8時くらいから寝て、おきたら15時。結局合計すると13時間どころじゃないわけで。
でも、起きてから鏡みたらすっきりした顔してた。

あまりにこれじゃ通院も含め人間らしくないな~
と思い、先ほど病院にTELした。
当直の医師と相談して、ヒルナミン10→5mgへ減薬して様子見することに。
その医師が言うには体調と薬の効果は関係があるからね~と。

まあ、もしかしたら、睡眠に関してはお薬が強く感じているのかも知れません。
これでも強かったら明日主治医が居る時間帯にTELしてヒルナミンゼロにしてもらおうかなぁ、と。
なんとなくゼロがいいような気がしている。
Intelのサイトでやっている「本を書く」という懸賞つきブログみたいなものを書いています。

15歳で親元から離れて/fumi著
http://www.intel.co.jp/jp/tomorrow/#/book/read?isbn=5794838705490&&page=1
携帯版はこちら
http://m.intel-c.jp/s/m/book/toc/5794838705490?guid=on

途中途中書き足して行こうかと思っています。

良かったらとき覗いてみてくださいな。
また、mixi、Twitter、アメブロ、英語のBlogに次いで、Intelのサイトで自伝を書き始めました。
完成したらここでお知らせしますね。

いや、結構忙しい。
それも、アメブロ、英語Blog、本の出版(Intelのもの/アメブロにも広告が出ていたもの)していることは夫に秘密なので大変。
「昼間何していたの?」と聞かれると「ぼ~っとしてた」と答えるんですけど、実は一生懸命色んな文章を書いていたりするんですね。いやぁ忙しいっす。メモ

とりあえず夫が帰ってきてからは文通用のお手紙を書いたりしています。
これは夫には公開している作業なので、全然怪しまれず。
あとは案外同じテーブルへやってきて手紙をチェックすることは無いからなんです。

明日からの3連休、どうやって過ごそうか。
夫が自室にこもってくれたらちょっとはラッキーですが、いつリビングへ戻ってくるかも分からないのでやっぱりできないんですよね。
まあせめて自伝を書くことくらいは見られてもOKかなぁ。

アメブロは絶対に見せられないし(そのためにわざわざ別のメールアカウント取って始めたのに。)
英語のBlogは、みたら絶対にオカシイ箇所を指摘してくるだろうし・・・と。
結構面倒。

でも調子が良いときはこうやって書こうと思うんだ。
飲んでます。
夫に見つかったらめっちゃ怒られそうなので、昼間に飲んで、夫が帰ってくる時間までにはNormalになっていようかと。本当はワインを1本飲みたかったのだけど、隠し場所&捨て場所がこまるなぁと思ってリキュールにしました。ただいま1杯目、まだまだまわってきません。
確かにお薬の説明書を読むと、眠前でなくともアルコールNGなのですが(朝晩の薬でもアルコールNGのものがある)、ある意味回復しつつあるのか、お酒が飲みたい!!
でも夫は説明書どおり、飲んじゃダメ!と。


話は変わって、昨日近くの(と言ってもバス+JRで30分以上かかるかな?)デパートに行って、下着を新調してきました。
専門のフィッターさんに選んでもらい、今までつけていたブラは1サイズ小さいことが判明。
お値段もそれなりにしましたが、私の求めているシルエットが実現できるということでそれを購入してきました。

他にもガードルや、シェイプキャミソールも買ってしまった・・・。
こりゃしばらくは節制生活しなくては。

でも、今日は飲むんだもん!


昨夜は休息時間っていう商品の寝るときにだけつける、足の真ん中~太ももの中くらいまでのハイソックスというか、それを履いて寝ました。効いたのかどうかは分からないけど、なんとなく朝起きて変にむくんでいない&暖かいのでオススメです。
あとはめぐりズムの「蒸気の温熱シート」を下腹に貼って寝ました。おなかっていつも眠るときには冷たくなっているのですが、ぼんのり暖かくなって
退院して初めて(?)中途覚醒ナシで朝を迎えました。
単にデパートへ行って疲れただけかも知れませんが、何とも幸せぇ~な1日のStartのでした。
近所のリラクゼーションサロンに行ってきました。フットマッサージ&タイ式マッサージ&ヘッドマッサージで合計2時間ちょい=Just1万円。安い!タイ式マッサージは初めてだったのですがいやぁ見事にこっている所をぐぐっと押してくれました。さらにストレッチのようなものもして、体のゆがみを直すような感じで、終わったら体がスッキリ。

・・・ところが、もしかしてと思っていた筋肉痛が今朝ありました。いわゆる「揉み返し」とは違って、筋肉痛なんですよね。

昨日、割引チケットをもらったのでまた行っちゃうと思います。
マッサージに行ったのは夫には内緒。
でも同じ店舗に行き付けのお花屋さんがあるから、次に一緒にお花を買いに行ったときにその話題が出るかも。
お花は昨日マッサージの後に買ってきたので2週間くらいは行かないと思うけど、そのくらいのタイミングでマッサージに行こうと思っているのでタイミングが難しい(笑)

昨日買って来たお花
うつ病30代のブログ-2010/03/16のお花




そうそう、100均で購入したシルクジャスミンのミニチュア鉢、なんだかぐんぐん成長している模様。なんとなく一回り大きくなった気がする。こまめに葉水をあげているせいかな?
同様にポトスも元気はつらつ(笑)。
唯一元気が無いのはテーブルヤシ。もうご臨終なのかな・・・でも葉っぱがよれよれになりながらも出てきているのでまだ大丈夫なのかな?と。判断がつきません。