昔ベストセラーになった

『馬鹿の壁』


当時読んだ時は納得しながらも

年寄りが若者に対する老婆心にも聞こえて耳が痛かった。


年寄りから若者をふかんで見れば馬鹿に見える事も多いかもしれないけど


ジェネレーションギャップ、世代的価値観などの違いだけでなく同世代や近所などにも、変人と呼ばれるような馬鹿はいる。


そして馬鹿に限って人の話を聞かない
高い壁を持っているのだ。


賢い人間は人の話を受け入れ聞き入れる事が出来るが
馬鹿は自分が正しいと脈略のない自信に基づいて生きていて人の話を聞かない。


そこに大きな問題点がある。


個人主義の現代
馬鹿の壁を持って
自分を信じて生きている人が増えているように思う。

中身は見えなくなってきている。



個性化の時代、
自分の世界にこもって自らの世界を探求するのはよいが
周りを見たり
周りの意見を聞き
自分はおかしいんじゃないか…と思ったら聞き入れる人間になって欲しい。


自分がどう見られているかも大切な事です。


他人の目ばかりを気にする人間は私は嫌いです。


しかし変人みたいに周りに見られて浮いていたら
壁を壊して交わるべきじゃないでしょうか。


夫婦間や恋人どうしでも同じです。
相手が嫌がる事はしないなど
当たり前の事です。

自分にこだわり過ぎて相手や周りを不愉快にしている事に気付かない、気付いていても、直さない。


それって人としてどうなんでしょう。

優しさや思いやりがないですよね。



色々な人がいて考え方感じ方も十人十色ですが
なんかおかしい
なんか変と感じる
感受性は共通するものがあります。


周りに不快感を与えない大人になるべきです。


自分が良ければそれでいいと言う考えの人が増えていると思います。


自分の考えは正しい
周りの人間は馬鹿だと、壁を作って馬鹿にしています。


変な自尊心を持っています。


自尊心を持って進めば、時として認められているような錯覚に陥り生きていていけたりします。


しかし正しい事とそうでない事、本質を端は見ています。



何が正しいか正しくないかその基準のずれている人は
変わってる人ですよね。
その基準が出来ていない大人も増えています。

共通認識の常識があやふやになりつつあり不安になります。
人として、それはどうか、と言う単純な事です。


変わってるって
言葉にすると簡単ですが
私の中では間違っているなんですよね。

そんな言い方出来ないから
変わってるって言ってるのに気がつかないんですよね。


変わってる=個性ではないですよ。


常識やモラル、人間性の上に個性はあると思っています。



基本的な部分がずれている人が増えていて
気持ちの悪い社会なのかなって思っちゃいます。



馬鹿の壁



は捨てましょうね。



意地とか自尊心は大切ですが
人を受け入れられる人でいましょう。



自分自身にも言い聞かせています。



全ての人を受け入れようとすると
変わった人がやってくる…
変わった人には
『それは変わってるよっ』
て言わないと気が済まない性格だから

言ってしまうと
怒り出す。


難しいね。