なんで急に デヴィッド・キャシディー ?

いや実は私が愛読させて頂いている きらきら☆マリー さんが、

彼の大ファンでしてコメントを送ったところ、「デヴィッドについてなんか書け」 と

言われちゃいまして、嬉しいような困ったような・・・


あの言っときますけど 私はマリーさん程詳しくないですよ~~~。

でも デヴィッド 好きなので(恋愛対象ではありません) 知ってる範囲で書いちゃいます(苦笑)



私らの世代の 元美少女(失礼) の皆さんにとっての外タレのアイドル中のアイドル

それが デヴィッド

彼にとってはあまり嬉しくないかもしれませんが、

「ああ、あのパートリッジ・ファミリーの素敵な男の子ね。」というのが一般の認識だったでしょうか。




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母子家庭の5人の子供達と母親が、ポップ・グループを結成して演奏ツァーをして回る途中に

さまざまなトラブルやロマンスに巻き込まれるという設定のミュージカル・コメディで、

始まると共に デヴィッド のルックス と母親役の シャーリー・ジョーンズ の美しさも

あいまって、大ブームを巻き起こして デビュー曲「悲しき初恋」(トニー・ロメオ作)が

70年にいきなりの全米1位を獲得して パートリッジ・ファミリー はトップ・タレントとなります。

デヴィッドの父 ジャック・キャシディー は シャーリー と再婚し、実生活でも親子でした。


プロデューサーの ウェス・ファーレル は 「悲しき青春」「いつか会う日まで」と

ベスト10入りの大ヒットが続き 

デヴィッドの人気が高まるにつれ彼を ソロ・シンガーとして売り出そうとします。

71年にソロ第1弾として、アソシエイションの 「チェリッシュ」 のカバーをリリースし

米9位のヒットとなっています。同時にアルバム「チェリッシュ」も発売されます。




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アソシエイションの創始者、 テリー・カークマン の作品で 

”コーラスの魔術師” カート・ベッチャー のプロデュースによる高度なハーモニーで米1位を獲得しましたが、

デヴィッド版 はオリジナルに更に甘さを加えたドリーミーな仕上がりになっています。







このアルバムからもう一曲、「恋するデビット」(邦題ママ) がシングルカットされます。


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これは、ウェス と ダニージャンセン の共作ですが、

ダニーは当時 トップ・アイドルだった ボビー・シャーマンに 「ラ・ラ・ラ」 などの

ヒット曲を提供していましたが、 デヴィッドに提供したこの曲は米37位止まりでしたが

72年英で2位の大ヒットになり、ボビーに代わってトップ・アイドルの地位を射止めたのです。







この後 パートリッジ・ファミリー の活動と共にソロ・アルバムも2枚リリース(ベスト、ライヴ除)しますが

何故か本国アメリカよりもイギリスでヒットして、No1ヒットも2曲生まれています。


72年英1位 高鳴る心  Felex Cavaliere=Eddi Brigati 作




73年英1位 デイドリーマー  Terry Dempsy 作  (デイドリームとは異曲)






さて、テレビ・ショーが長期化し始めた頃、デヴィッド にはすっかり キース・パートリッジ

としてのアイドルのイメージがついてしまい、自分なりの音楽性やメッセージを主張したいと

思い始めますが、 ウェス のこの一言で亀裂が生じます。

「君はジョーン・バエズでもビートルズでもない。ファンは キース・パートリッジ を求めている。」



そして、バーズ や レイダース のプロデュースで有名な テリー・メルチャー が設立した

製作プロダクション 「イクイノックス」 に活躍の場を求めたのです。

グレープフルーツ などそれなりのアーティストを輩出していた イクイノックス でしたが、

本格的な活動は ブルース・ジョンストン をスタッフに引き入れて 74年にRCAと原盤契約を結んでからでしょう。

デヴィッドも ブルースと共同プロデュースで 「青春のポートレート」と「青春の館」の2枚をリリースしています。

前作からは、ブルース の 「歌の贈りもの」 75年英11位

ブライアン・ウィルソン=マイク・ラブ の ビーチボーイズ・ナンバー 「ダーリン」を

75年16位に送りこんでいます。これも不思議と米ではヒットしていません。






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現物を持っていないので汚くてすいません。79年の「愛はまぼろし」と同じ写真ですね。

「歌の贈りもの」は 73年にヤマハの「世界歌謡祭」に

エントリーを試みたのですが却下されて、その後 キャプテン&テニール が ファースト・アルバムに収録し

デヴィッド が英でヒットさせ、その後 バリー・マニロウ が76年米1位になるイワクつきの曲です。

デヴィッドの歌唱力もなかなかのものでしょう!








この後、76年にRCAから 「恋の大通り」 をリリースして突然アルバム製作を辞めてしまいます。


それから10年後の85年に衝撃的なジャケットの 「ROMANCE」 を発表します。

サマンサ・フォックス と裸で抱き合っている写真から関係が噂になり、離婚騒動になりかけたそうです。

デヴィッドも随分と大人になり過ぎたんですね。



最近もアルバムを出し続けて活躍しています。  今年62歳ですか・・・やはり永遠のアイドルです。



それでは、パートリッジ時代の彼の名が曲名に入っている(邦題だけど)

71年米13位の「夢みるデビッド」 で終りにします。これは、ドーン の曲でおなじみの 

アーウィン・レビン=ラッセル・ブラウン の作品で 動画は08年のライヴです。



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マリーさん、これくらいで勘弁して下さい   m(u_u)m


  

こんな曲好きですね。何が好きかってもちろん ”架空バンド”



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ロビン・ジャック は4人編成で平均年齢20歳というハンサムなプレーヤーを集め

それぞれミュージシャンとしてのキャリアは豊富で優秀なスタジオ・ミュージシャンでした。

でも詳しい事は解っていません。 だって


プッ         なんでキャリア豊富で優秀って解るのよ   イイネ~



実はこれ、数々の変名で活躍し、ジェネシスやベイ・シティ・ローラーズ、10cc などを

プロデュースした ジョナサン・キング の一人芝居でありました。

声聴くと解るんだけどね。当時はサッパリわからなかったです。 ハイッ


イギリス・ポップス界が放つ驚異の大ヒット  なんて書いてありますが、

71年のリリースで、英でも日本でもチャート・インしておりません。


MARDI GRAS というバンドのヒット曲のカバーで Shapiro=Puccetti の作品です。


ロビン・ジャック名義では72年に Happy People Song なんてのを出してますが、

これもヒットの形跡ありませ~ん。



そうそう、これも英の覆面プロジェクト好きの ジョン・カーター の ”ファースト・クラス” の

名付け親も キングですよ。







やっぱり、この曲好きです。実に愛らしい デヴィッド・ゲイツ ならではのメロディーラインが堪りません。



”ブレッド” は ロブ・ロイヤー 率いる ”プレジャー・フェアー” というバンドに

楽曲を提供した ジェイムズ・グリフィン と プロデューサーとして関わった ゲイツ の

3人が意気投合して68年に結成されましたが、もちろん希代のメロディー・メイカーである

ゲイツの作品は素晴らしいのですが、 グリフィン=ロイヤー の作品もなかなか魅力的です。

カーペンターズ のヒットで有名になった 「ふたりの誓い」 などの美しいバラードも書いていますが

ブレッド においては、静の ゲイツ 動の グリフィン=ロイヤー と巧く曲構成がかみ合っていました。





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70年にドラマーの マイケル・ボッツ が加入した後

72年に ロイヤー が脱退して、西海岸屈指のキーボード・プレイヤー ラリー・ネクテル

( 「明日に架ける橋」 のピアノの人と言った方が良いか。ギターも上手いんだけど) が加入した

4枚目のアルバム 「愛の別れ道」 からのシングル・カットで 全米5位の大ヒットとなっています。

日本でも、      ・・・あれぇ~?  ヒットしてないですね。 ふ・し・ぎ   (☆。☆)

ヒットした記憶があったんですけど、私の記憶アテにならないですね。

当時 「愛の別れ道」 とセットでよく弾いていたから勘違いかなあ。



EVERYTHING I OWN  (僕の持ってるすべて)

これに邦題を 「涙の想い出」 と付けるのですが、 

「涙のくちづけ」 とか 「渚の想い出」 とか 紛らわしい名前がいっぱいあったものなあ

もうちょっと、インパクトのある曲名が良かったかも。



それにしても、このレコードは定価が400円から500円になって買ったのが悲しい。

しかもシール貼り付けただけか!  (#`ε´#)