このバンドの目玉は、なんといっても”巨漢” レスリー・ウエスト ですね。

見た目はプロレスラーと見まがうほどで、ロックン・ローラーには全く見えません。

だってロックンローラーって痩せてて長身がイカすじゃありませんか。


ところが一たび演奏が始まると、その圧倒的なシャウト唱法と

6th7thを駆使したスケーリングのギター・ワークに完全にノック・アウトです。


クリーム のプロデューサーで有名な フェリックス・パッパラルディ(B) が68年に結成しました。

コーキー・レイング (Ds) スティーヴ・ナイト (Key) の4人からなる

70年を代表するアメリカン・ハード・ロック・バンドです。





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フランスの高名な詩人 ボードレール の 「悪の華」 をテーマに 

A面はスタジオ・レコーディング、B面は29分にも及ぶ ニューヨークのフィルモア・イーストにおける

ライヴを収録した4枚目のアルバム、その名もズバリ 「悪の華」 (そのままやんけ) からの

シングル・カット は チャック・ベリー の超スタンダード・ナンバー 「Roll Over Beethoven」 です。




その迫力に、ベートーベンじゃなく私がぶっ飛んでました        (@_@)








違うでしょ、コレ人の名前じゃないでしょ!  と軽く自分にツッコミを入れておきます。

前回の ロン・ダンテ つながりで (つながり も好きなんですね私)


ダンテは、63年にオリジナルの 「Little Lollypop」 でデビューして以来67年までに

7枚程ソロ・シングルをリリースしていますが、特にこれといったヒットは有りませんでした。


それでかどうか、この男5人女2人のコーラス・グループの エイス・デイ のアルバム 「オン」 を

プロデューサーとして67年に制作しました。





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共同プロデュースには、エンジェルスの 「あたしのボーイフレンド」 の作者の ボブ・フェルドマン

ボビー・ヴィントンと 「ミスター・ロンリー」 を共作した ジーン・アラン という

大物2人と組んでの製作となりました。

全編を通して、どの曲もキャッチーでポップな仕上がりで、

いずれをシングルにしてもいい様な曲が並んでいます。

しかも、11曲中の10曲が ダンテ が作曲に関わっていますので、

彼のコンポーザーとしての能力も、たいしたものです。


アルバムは、そう評判にならずに1枚限りのいわゆる ”ワン・ショット・ワンダー” に終っていますが、

現在では見直されてソフト・ロックの名盤として高く評価されています。


この経験を通して、ダンテ は後に バリー・マニロウ を世に送りだしたプロデューサーとして

名前を残す事になったのでしょう。



2枚シングル・カットされたうちの1枚 「ヘイ・ボーイ」 

ソフト・ロックの王道を行く、爽やかさ満開の ダンテ=アラン の作品です。

1分25秒あたりで クリスタルズ の 「Then he kissed me」 のフレーズが出て来ますよ グッド!









パー、パー、パパパパー 音譜 で始まる元気いっぱいのこの曲は

ポール・ヴァンス=リー・ポクリス のソングライター・コンビにより作られて

69年全米9位のヒットとなりました。




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ジャケットには7人の人達が写っていますね。

解説にはご丁寧に一人一人の年齢や趣味、担当楽器などが書かれています。

ところが、この曲 いや、デビュー・アルバム自体からしてこの人達は演奏していません。


当時は 1910フルーツガム・カンパニー や オハイオ・エクスプレス それに アーチーズ などの

バブル・ガム・ソング 華やかなりし頃で、 ヴァンス=ポクリス もそれにあやかろうと

64年のワン・ヒット・ワンダーの ”ディタージェント” 以来の付き合いのある

ロン・ダンテ をメインに据えて 他のバブル・ガム・ソングの様に架空バンドをでっちあげました。



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  ロン・ダンテ は アメリカきっての名セッション・シンガーであり

  ソング・ライター、プロデューサーと多才な人ですが

  この時は、名プロデューサーの ジェフ・バリーに抜擢されて

  アニメの アーチーズ のヴォーカルを担当して

  「シュガー・シュガー」 などの大ヒットをとばしていた時期です。

  また、その他にも一日に5,6のセッションをこなすなど

  多忙な日々を送っていました。



「トレイシー」 もリード・ヴォーカルからバック・コーラスまで一人でたった2,3時間で終わらせています。

もし、この曲がヒットしたらアルバムを1枚レコーディングすると約束していたので

ヒットを受けて ヴァンス=ポクリス は大急ぎでアルバム作成しています。

この時に急いでいたため何曲かのアレンジを ブロードウェイ脚本家として有名な ルパート・ホームズに頼んでいます。

そしてアルバム 「トレイシー」 を 2日程で仕上げました。

このアルバムが完成したために カフ・リンクス のメンバーを集め、その人達がジャケットに載っているという訳です。

ダンテ は、その後 アーチーズ と自身のソロ・アルバムに専念するために カフ・リンクスには関わっていません。

ちなみにセカンド・アルバムのほとんどは、ホームズが歌っています。



この動画は、もちろん 口パク ですが、ヴォーカルはジョー・コードで 

シングル 「ラン・サリー・ラン」 はこの人が歌っています。