イザベルのブログ

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私は、中学1年生まで生きるって
とても楽しいと思っていました。
小学校の頃とても楽しく、いつも自分の
心が輝いていて将来がとても楽しみでした。
将来何になるかな、画家とか色々な夢が
あった。自分の能力を生かした職業
につきたいと思っていました。
よく認識していなかったけど、私は男の子
にもてました。可愛いかったようです。
鏡を見て自分の顔が整っている綺麗な
顔をしていると思った事はなかったけど、
よく思いだすと、女らしい事が好きで、
リカちゃん人形やバービー人形、サンリオの
可愛い文房具を買うのが好きでした。
よく母はデパートに私を連れて行き、
可愛い洋服を買ってくれました。
素敵な物が好き、とても女の子ぽかった
と思うし、そんな自分らしさが居心地
がよかった。いつも自分を生きている
し自分を生きる事が当たり前と思って
ました。背が低くて色白で、愛らしく
ニコッと笑う自分が好きでした。
友達と遊ぶのも、一人で遊ぶのも
いつも自分がありました。勉強も
それなりに好き。特に、図工や家庭科の
調理実習は楽しみだった。成長していく
って楽しいと思ってました。そんな
私は、気がつかなかったけど、男の子に
モテたようです。たぶん「愛らしい」子ども
だったと思います。友達もできるのが
当たり前。それが普通と思ってた。


今、その頃の自分の感覚をちょっと感じ
ることができるようになりました。

学校で誰にも邪魔されることなく
自分らしく振る舞っていた私。
未来は輝いていて可能性に満ちている
自分。

私が感じていた自分でいられる幸福感。

人には嫉妬というものがある。
キラキラして愛らしい人の事を、そう
できない人は羨ましいと思い傷つけよう
とする感情がある人達がいる。

私は、中学に上がった時、人にそういう
感情がある事を分からなかった。私は
純粋でした。

なぜ今のクラスで女子は私と接しようと
しないの?なんでみんな私を避けるの?

友達は楽しいもの、、心を分かち合える
楽しいもの、、そういう感覚がわからなく
なりました。

私の心はどうしていいかわからなく
なりました。1年間、誰も打ち解けてくれず
音楽室も体育の授業の時も、美術の授業の
移動も全部一人、辛い毎日を送り、私は
友達に心を開く感覚がわからなくなって
しまいました。
一年後、前から知っている友達にも心を
開けない、人と楽しむという事がわからなく
なってしまいました。
自分の心がわからなくなった。

それからは、ずっと辛い毎日、自分を常に
傷つけるようになりました。
私は希望の高校にも入れず、大人しい明るくない
人間、私は人から好かれない、つまらない
人間と思うようになりました。そして、
自分も楽しくなかった。


そこから脱げだす方法がわからなかった。

傷つけて傷つけてもうこれ以上耐えられ
ないと気がついた時、どうすれば
いいのかわかりました。
自分の心が躍るもの、楽しくなるもの、
前向きになるるもの、それを感じるよう
に心がけること、自分の素敵さを信じる
ことです。よくそういう文章でにでてくる
ような、マイナスのオーラ(嫉妬、意地悪、
嫌い、馬鹿にする、人に見下される)それを
感じたら、その人には近づかない、その人に
入り込まない、そしてその人と接しなけれ
ばならない時は、その人に対してとびきりの
プラスな感情(優しさ、感謝、笑顔、丁寧など)
を一時的に注ぎ込むようにする。そして
深く関わらない。そうすると、その人は
私に対してあまり負な感情を向けなく
なります。いつまでも向ける時は、関わろ
うとしない事です。

そして、楽しいことやいい状態はいつまでも
続かない、必ず終わる。良かった事に執着
せず、次の楽しいことを探す。次に置かれる
環境でなるだけ楽しいことを探すように
する。
その繰り返しをする事。それが大切だと
思いました。

誰も他の人の幸せを奪っていい人など
いないのです。私は自分を傷つけた人以外
の人間はみんな幸せになって欲しいと
思っています。
自分を馬鹿にする人の幸せまで願う
必要はないけど。

とにかく、人間は自分。自分が生きて
いるということに喜びを感じること。
それが大切だとわかりました。

もう私は、誰にも傷つけられず、自分らしく
生きていく。これから命がなくなるまで
自分らしく生きられている自分を確かめ
ながら生きます。生きるなら、傷を感じて
ばかりいる時間より、楽しさ温かさを
感じている時間を長くしたいから。


お水や太陽をいっぱい浴びて元気に咲く
ひまわりのように生きるには、お水や
太陽は自分で自分に与えてあげて生きれ
ばいいのだと思っています、