通常、巡回は最上階から始めます。



1階の戸締まりを確認したあと、エレベーターで12階へ……。


あとは階段で降りるのです。





全館非常灯が点いている以外は、真っ暗にしたまま見回ります。


火の始末を確認するには一番よいからです。





誰もいないオフィスビルの中に、今いるのは自分だけです。足音がコツーン、コツーン、と私が歩くたびに響きます。





私が異変を感じたのは9階のエレベーターホールを通過して、反対側に向かっている時でした。



私の足音のほかに、別の足音がしたのです。





私はてっきりSさんが来たのかと思い、名前を呼びました。





しかし……。





返事はなく、私が立ち止まっているにも関わらず、





コツーン、コツーン……。




はじめは小さかった足音が近づいて来ました。






「まだ、誰かいらっしゃるのですか?」





私は足音がした方向に走りました。



通常はしないのですが、音が聞こえた方向にある部屋をすべて電気を点けて、探しました。





しかし、誰もいません。





“気のせいか……”



私はすべてのフロアを見回って、地下の防災センターに戻りました。





私はSさんに足音が聞こえたことを伝え、来たかどうかを尋ねましたが、首を横に振り、逆にこう私に尋ねました。





「ちなみに何階?」



「9階のエレベーターホールです」


と私。




しかし、Sさんは関心なさげに、ふーん、といった感じでうなずくと、書いていた書類に目を落としました。





私はとくに気にせず、次の巡回時間を待つことにしました。





書類を書き終えたSさんは私を呼び、話を始めました。





「気にしないほうがいいよ。何人かが同じこと言ったけど、フロアが違うから」




( ̄□ ̄;)!!





「足音を聞いた人はどこの階だって言ったんですか?」



しかし教えてくれません。


「だから、気のせいだって。お前、なにビビってるんだよ。交通事故現場なんかより、ずっと楽だから」



元警視庁交通捜査課のSさんは、こう言って、相手にしてくれません。





そうこうしているうちに、また巡回の時間になりました。





「替わろうか、さとる」



Sさんはニヤニヤしています。



まだ二十歳そこそこの若造だった私は、鼻柱が強く、

「いいですよ!」


と言って、ひとりで防災センターをあとにしました。




1回目よりも、ほんの気持ちだけ足早にやりました。




問題の9階に来ました。

エレベーターホールを通り過ぎましたが、今度は足音がしません。



“かつがれたかな”



私がビビっているのを見て、Sさんがからかったのだろうと思い、安堵しました。



そうです。



“違うフロア”

と言ったのを忘れていました。





心に余裕が出来た私は8階に降りました。





すると、またあの足音が!




コツーン、コツーン……。


今度はもっと間近です。



氷つくように、全身が鳥肌になりました……。





うぉーっ





声が出なかったので、心で叫び、音のした方向とは逆の階段で一気に掛け降りました。





ようやっとのことで、防災センターに戻った私を、Sさんはびっくりした顔をして見ていました。





「8階です、奴がいたのは!」





ふーっ。

ため息をつくSさん。

おもむろに、デスクの中から何かを取り出しました。





よく見ると塩です。





Sさんは無言で私に渡しました。





「3人バイトが辞めちゃったから、箝口令がしかれたんだよ」





Sさんが言ったのはこういことでした。





このビルが建設される前は、駅前にも関わらず長いこと空き地だったこと。



そして、その前は大きな病院だったそうです。



また、私は足音だけで見なかったのですが、見てしまった人の話だと、白衣みたいなものを着た人が8階周辺を歩き回っていたそうなのです。





「お前、誰にも言うなよ。次からは俺が行くから、お前、寝ていていいよ」





そう言って、私を洗面所へ行かせました。





幸いなことに、この数日後、施主に引き渡され、任務終了。





私はこの日を最後に、このビルを巡回することはありませんでした。





今もこのビルは、最寄りの某駅から見ることが出来ます……。