その違和感を感じてしまう私と周りとのギャップはなんなのか、、
まず気づいたことは、店長を筆頭に皆、主体的で成長意欲が強く、そして物怖じせず突っ走る。返事が早いんです。これできるか?と言われたとき、すぐにYES!私の場合、できるが完璧ではないかもしれない、途中で質問してしまうかもしれない、と少し考える間がありほとんどの場合、返事はNOを出します。だからYESといったスタッフができなくて質問をしてる姿をみて、できないんじゃん。やっぱり質問してるじゃん。私の方ができたじゃんと思っていました。ですが、そんな子は質問を繰り返しながらどんどん成長しています。任せてもらっています。知識量が増えています。結果あとから入ってきたスタッフは私よりも知識量が上になっていきました。
周りから見ると私は意欲はあるって言ってたし文句も言わないなんだけどなんだか全体的にフワッとした人、に見えていると思います。
こんな小さい発見ですが、このYESと言えるレベルなのかという基準は生活習慣になっていて日頃の大小出来事すべてを網羅していると思います。例えば、家族とテレビのチャンネル争いになったとき、友達と旅行先を決めるときや誰かと一つの話題で意見を出し合っているとき、気持ちが強くてついつい○○って言っちゃった。が無かったんです。私には。私は成長意欲は人並み以上にあると思っています。ですが、完璧主義という性格から気持ちが先走ってついついでちゃうYESが出ないせいで、周りよりもいつも一足遅い。掴むことのできたチャンスを何度も何度も逃してきたのだと気づきました。10年以上社交不安障害という、必要以上に人目を気にして生きてきた生活から養われた完璧であることへの執着心が私の知識の引き出しを作るチャンスを減らしていました。
私は周りからもっと主体的にならないとというようなことを何度か言われたことがあります。私はその時周りは何も分かっていない、でもどうすればいいか分からないと、イライラもやもやしていた記憶があります。ついにこのもやもやが解決されるかもしれません。
これできるか?の質問の返答は全く身に覚えないこと以外は、やりたい気持ちが先走ってついついでちゃったYESが正解であり、その”ついつい○○って言っちゃった”を言える基準は社交不安障害だった私以外の多くの人は結構緩めに設定されていて、それは日常生活から身についていて日頃から発揮されている。私が感じた周りとの違和感はこの”ついつい”が出せる基準の差が大きく違うところからできたものでした。