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愛ノ川桜並木 愛西市古瀬町

バロー勝幡店

 

 

 

 

 

 

ライトアップの案内

 

 

 

 

堤防のムスカリ

 
我家から車で10分の距離にある愛西市古瀬町の相ノ川桜並木を訪れました。昨日所用で訪れた稲沢市のらくらくプラザの桜は満開でしたが、相ノ川はまだ3分咲きの状態で、花見客もほとんど居ない状態だったものの、今週末には最高の人出をむかえるものと思われます。
 
 2021年4月3日の一言 ライトアップ

 

年度末のため、締め切りに追われる仕事があり、早朝にはミニコミ紙の戸別配達もしているため再訪はせず、過去の満開時の相ノ川桜並木とライトアップの写真を貼付した過去ログを貼付しました。

 

ここから更に5分車を走らせ、稲沢市の須ヶ谷川沿いと日光川に咲く「桜ネックレス」も毎年訪れていますが、こちらは規模も大きく多くの人が訪れるため、体調の良い日があれば訪れてみたいと思います。

 

双方とも比較的新しい桜の名所ですが、行政だけでなく地域おこしを考えるボランティアの存在が大きく、旧来の桜の名所が老木化や手入れ不足で寂しくなっている中で、これから当分は桜の名所として注目されていくと思われます。残念なことは明日以降の天候が良くないことで、空を気にした桜見となりそうです。

 

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水彩画展 響(ひびき)

蔵ギャラリー 愛知県津島市本町2丁目10-2

 

津島本町筋の街並み

案内板

旧家

本町の道標

旧街道です

カフェとギャラリーの会場

 

主催者のInstagram

 

茶室

ギャラリー入口

2階

太い梁です

水彩画展

作品

最新の作品

作者の海野さん

 
本日は津島市の本町筋の蔵ギャラリーで開催されていた水彩画展を訪れました。毎年各地で開催されている水彩画展ですが、前回は外出して完全に忘れており、今年は3月に発行したミニコミ紙「ふるさとアサヒ」へ予告してあったことと、私の地元である津島市内での開催のため家内に急かされて訪れた次第です(笑)
 
 2024年3月1日の一言

 

2012年5月9日の一言

 

作者である海野さんとは、ヤフーブログ時代からのブロ友にあたり、親子ほど歳の差がある若き女性ですが、連絡先を交換して行き来するようになり、我家にもサクランボ狩りに訪れたり、昨年には家内と3人でランチを楽しむような関係になっています。いつ頃からの交流かは定かではありませんが、ずいぶんと長い交流となります。
 
最近ではSNSやネットを通じての犯罪や詐欺行為が蔓延していますが、それらは本名を出さずに他人や異性に成りすませた発信者に問題があり、本名や連絡先を明かして正直に交流すれば相手の居場所や行動まで共有できる温かい交流に発展していくことを実感させられます。

 

津島神社東の大イチョウと桜

稲沢らくらくプラザの桜並木

 
会場の近くに駐車場がなく、久しぶりの津島市内の散策となり、通りかかった旧知の土産物店に立ち寄り、同じ大鹿姓の先輩宅では話が咲きすぎて次に行く予定の時間が差し迫るハプニングとなりました。

午後4時までの約束で稲沢市平和町のらくらくプラザに飛び込み、知人を介して初対面の相手でしたが、私の知人の知り合いであることが判り、地元の生んだ 英雄織田信長公の話から終わることのない長い雑談に花を咲かせてきました。

「昼飯でも食べながら」と、家内も誘った 外出でしたが、昼食どころか休憩する時間もないままに、家内を車中で待たせたまま時計は午後5時を回ってしまいました。

ひどい話です(笑)

そして、やっとたどり着いたマクドナルドに入ると、偶然にも珍しく従姉妹に遭遇して、同行の女性たちは母校の卒業生で近所の出身と判り、「ちょっと一息」の休憩が帰宅すると時計は7時を回っていました。

長い体調不良が続いてきましたが、本日は早朝2時間のミニコミ紙配布に歩き、午前中は休養したものの、午後の外出は一日分を上回る出会いと再会で目まぐるしい一日となりました。

そして、運動不足とハードスケジュールで不調だった身体でしたが、多くの人との出会いや 再会により、口の運動会となったためか、随分と好調な気分で帰宅することができました。

明日も こんな一日になりそうです。
 
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垣根のアカメガシ

津島市文化会館

来月の運勢

まもなく帰宅です 午後6時04分

 
本日は朝から福祉タクシーで患者搬送に出掛けたものの、帰宅後に横になっていると気力が減退し、午後2時から市役所や「ふるさとアサヒ」の配置場所を廻り、家内と珈琲店に出向いてからも不調ゆえに知人宅まで歩いて行き、帰宅後は三男の接骨院で施術を受けると一日の終わりを迎えました。
 
最近は最悪の状態は脱しているものの、昨日から左目がピクピクと痙攣することがあり、本日は無くなっていますが昨日は床の物を拾おうとすると「立ち眩み」を起こし、首と肩に苦痛を感じています。
 
3月14日の体調(最高の不調時)

体がだるい

肩こり 首こりでガチガチ うつむくと気持ちが悪い

上を向いて眠ると頭がふわふわする

起き上がると足下がフラフラする 足首が冷たく温かくならない

 

めまいの一歩手前

光がまぶしい 目が辛い 重い 目を開けたくない 光が過剰に眩しく感じる

1日中眠い  寝つきは早いが すぐ目が覚めてしまう

 

精神的に何事にも興味がわかなくなる 歩くと疲れるので外出する意欲が減少する

何もしたくなくなる

 

胃がムカムカする

 
こんな症状をネット検索すると、自律神経失調症になっている可能性が高く、かかりつけ医には私が膠原病に罹患していることから何も処方されず、膠原病の主治医は整形外科医ですが来週には診察に訪れて相談したいと思っています。
 
こんな症状を周りの知人に話すと、「歳をとれば立ち眩みは誰でもある」とか、家内からは「スケジュールが忙しすぎる」と言われますが、休養は十分にとっているつもりでも、若い時と変わらぬ遠出やスケジュールに問題があるのかも知れませんが、このままではミニコミ紙の配布もままなりません。
 
さて、明日は早朝にミニコミ紙を2時間ほど歩いて配達し、絶対に立ち寄らないといけない場所が3ヵ所あるため、早寝早起きの生活に身体を戻していきます。
 
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パステル画です

作者の佐田節子先生

愛猫クーと愛犬リキ

 

本日は愛西市で洋画の指導をされている佐田節子先生の手による、私と愛犬リキに愛猫クーを加えた3匹(人)のパステル画をいただきに、愛西市文化会館で開催されていた洋画同好会の教室へ、春休み中の孫と家内も一緒に訪れました。

 

愛西市文化会館の展示

彩の会の作品です

愛西市洋画同好会

指導中

 
愛西市文化会館の1階廊下に展示中の水彩画は、別の場所で佐田先生が指導されている彩の会メンバーの作品で、来月は本日訪れた洋画同好会メンバーの作品が展示されるとの話で、道路を走っているだけでは判らないイベントが行われていました。
 

風鈴を持つ藤谷さん

スマホ画面から

洋画同好会メンバーの藤谷さんが手に持つ風鈴は、6月に稲沢市の「平和らくらくプラザ」で開催されるイベントを彩る作品で、孟宗竹を使ったオブジェやガラスの風鈴への絵入れなど予定されており、5月に発行予定の「ふるさとアサヒ」でも紹介するとともに、私自身も参加したいと思います。
 
孟宗竹に限らず、最近の山野には竹が増殖して手が付けられなくなっており、四国の遍路道でも竹によって荒れ放題になっていることを考えると、竹を使ったオブジェやアクセサリー作りは有効に思われます。
 
 2018年12月23日のブログ

 

2023年1月4日の一言

 

私が主催した横井庄一記念館のクラフト教室では、上高地のビジターセンターで作られている「竹笛」を作ったところ大評判となり、翌年も開催する予定でしたが新型コロナの蔓延により教室は開催されず、記念館も休館から廃館になってしまいました。
 
こんな試みが多くの人の目にとまり、参加者が増えることは山林に増殖して困られている竹林の有効活用にもつながりそうです。
 
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本日発行のふるさとアサヒ第29号の3ページ目

 

72Gさん(左)

 

平成元年ふるさとアサヒ第4号の2ページ目

ライダー姿の72Gさん

平成元年の写真です

 
本日発行した「ふるさとアサヒ」29号の中で紹介した記事から、私自身も72歳になっている現実と、37年前に発行した「ふるさとアサヒ」4号を記事を対比し、当時は30代の若者であったことを懐かしく回顧しました。
 
私自身が編集して発行するミニコミ紙ゆえに、何を書いても私の勝手とは言うものの、今にして思うと同級生とは言え、72Gさんの本名だけでなく勤務先の津島郵便局と通称名まで記してあり、朝日新聞の読者に届けていたことを考えると驚きです。
 
懐かしく読み直すと、出身高校から出身大学名も記してあり、親の仕事まで記した文章はリアルで、昨今の詐欺グループの標的にもされなかったのは幸いですが、私のブログやフェースブックも実名で発信しており、個人情報とかプライバシーとも言われなかった昔が懐かしく思い起こされました。
 
中学を卒業した時127名いた卒業生も、72歳になった今では11名が他界しており、最後の1名まで見届けられれば幸いですが、自分にもいつかお迎えが来る現実から過去に記した記録とも対比し、懐かしい恩師や先人もミニコミ紙で復刻していきたいと思います。
 
一方で、平成9年から27年まで中学校の同窓会長を務めていたことから、毎年発行していた同窓会報も編集していたため、母校の懐かしい記事も復刻して見たいとも思っています。
 
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1ページ
 
1988年(昭和63年)発行
1990年(平成2年)発行
 
今月25日付けのミニコミ紙「ふるさとアサヒ29号」が完成(四国遍路で留守にしていた20日に届いていました)し、明日の朝刊に折り込んでもらうため、津島市と蟹江町の朝日新聞販売店へ届けました。津島市と愛西市にあま市、蟹江町の読者に届けられます。
 
今回の1面には、平成5年秋に「ふるさとアサヒ24号」のため連載していただいていた元愛労評議長の成瀬昇さんから託された原稿を遺稿として載せましたが、成瀬さんが朝日新聞に「野武士のごとく」を連載された後に、私の発行していたミニコミ紙へ「若き日の回想」として寄稿していただいていた14号分にあたります。
 
予定では愛労評の議長に就任するまでの、津島市議や地区労代表として活動された記録を連載することになっていましたが、印刷の資金繰りだけでなく私がPTAの連合会長など多忙になったためミニコミ紙を休刊したことで遺稿にして33年も眠らせてしまいました。
 
生前中の成瀬さんに届けられなかったことは残念ですが、昭和63年から平成5年にかけて発行した「ふるさとアサヒ」には、伊勢湾台風の後に国会で訴えた竹内節夫元市長や、「せった草履」日本一の職人木村輝夫さんなどを紹介しており、機会があれば復刻していきたいと思っています。この頃には、現役の総理大臣であった海部俊樹さんから直接原稿を頂いたことも懐かしい思い出となりました。
 

2ページ

3ページ

 

今月開催した中学校の毎年同窓会も紹介し、ホラ貝吹きオジサン(右)と72Gさんにはアップで登場してもらいました。ちなみに72Gさんは平成元年発行のふるさとアサヒ第4号にもオートバイのライダーとして登場していました。

 

4ページ

己書
 
今回のふるさとアサヒには、今月いっぱいで津島市役所を退職する管理栄養士の佐藤さんから己書(絵手紙)を提供してもらいましたが、これから毎号己書を提供していただくことになっています。


 
ミニコミ誌の編集に協力してくれる今田秀徳君撮影の動画もQRコードを貼付しており、今回の紙面から動画が視聴できるようにしてあります。
 
昨年5月に復刊してから一年が経過しており、一年でも長く発行するために健康と病魔に留意していきたいと思っています。
 

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毎回お遍路で再会する弘法大師 第59番国分寺

 

四国遍路から昨晩帰宅しましたが、最近のお遍路では毎回知人と再会し、びっくりの出会いも体験するようになりましたが、最初に出会いを意識したのは4年前となり、Facebook で友達となっていた宇和島市の宮本さんと、ネットで連絡を取り合って出会ったことが始まりと思います。

 

もっとも、善通寺の四国フォト広瀬さんや前管長を務められた樫原禅澄さんとは、平成14年(2002年)に出会っており、それからでも24年が経過しているわけで、先達の大先輩中尾さん御夫婦とは何回も再会していたものの、出会いを意識するようになったのは4年前からと思われます。

 

2022年3月20日の一言

 

そして、翌年の3月のお遍路ではアメリカの青年で自転車でお遍路中のピーター・メイさんと奇跡的な出会いを体験し、アメリカに帰った現在でもラインが繋がり、この時に出会った細川さんとも初めての出会いとなり、その後もあり得ない再会が続き、頂いた法螺貝によってこれまで以上に多くの友人が増えました。
 
松山市の芝さんとの出会いも偶然と2日続けて出会い、昨年7月にはご夫婦で愛知県知多半島の洗い観音様まで参拝に来ていただきました。昨日はすれ違いとなりましたが、毎回のように会って雑談に花を咲かせる仲間となりました。
 

2025年6月15日の一言

 

尾張と三河の違いはありますが、同じ愛知県の同郷人として再会した天野さんも、愛知県では一度も出会ったことがないのに、四国では不思議な出会いとなり、お遍路を多角的に思考する雑談は楽しく、お遍路の時間を忘れて目的地まであわてて激走したこともありました。

 

 2025年6月14日の一言

 

松山市の札始大師堂も芝さんのおかげで訪れるようになりました。

 

2025年6月13日の一言

 

細川さんに頂いた法螺貝ですが、練習しても満足な音が出ず、豊川財賀寺の講習会に参加するようになっても上達は最後尾の遅れですが、法螺貝の大先輩である山本さんはそんな私にも丁寧にご指南していただける先達さんで、会いたいと思っていたら道中で鉢合わせとなりました。

 

 2025年5月9日の一言

 

 2024年4月19日の一言

 

平成14年から始まった善通寺の広瀬さんとの出会いと再会は、2年前に善通寺境内で見事な花を咲かせる涅槃桜の幼木を頂くことになり、私の住む愛知県津島市の弘盛寺の境内に植えられています。このお寺には、別格霊場椿堂から頂いてきたツバキも植えられており、四国と愛知県を繋ぐ記念樹となっています。

 

 2024年3月28日の一言

 

2024年3月26日の一言

 

2023年10月11日の一言

 

 2023年4月9日の一言

 

今回のお遍路で一日目に88番大窪寺から72番曼荼羅時まで参拝しましたが、最後に参拝するお寺を75番善通寺にしたことで、四国フォト広瀬さんとゆっくり雑談ができましたが、順番に参拝していくと善通寺でゆっくりとはできず、先を急いで退散となっていました。
 
2日前の記念写真

 

2日目には大阪から参拝していたお遍路仲間と出会いました。

長田さんが本日のFacebookに発信していた書き込み

61番香園寺さんからのつもりだったが時間が少し押していたので62番宝寿寺さんから打ち出す。63番吉祥寺さんでは、Facebook友達の大鹿さんに出会った🥰

横峰寺さんに行くとの話があったが、まさかの🥰

五人で記念撮影👍ありがとうございます🙏

61番から打っていたら会えなかった😖

 
私自身も、予定では60番横峰寺まで逆打ちの参拝としていましたが、時間的に59番国分寺まで参拝できそうなため、本堂での読経をご本尊のご真言だけに省略して、振り向いた先に納経所へ向かう4人の姿があり、振り向くのが5秒でも遅れたら顔も確認できず、偶然とはいえ再会は奇跡的でもあります。
 
お遍路最終日となった昨日は、第58番仙遊寺からのスタートとなり、本堂の参拝を終えた時に、先に参拝を終えていた人が納経所が不在のため呼び出しており、やっと出てこられたご住職の姿を見て、「この際だから」と大師堂参拝前に朱印を済ませようとしたものの、あえて大師堂の参拝後に訪れると納経所は不在となっていました。
 
私も呼び出すと、「丁寧なお経をあげてみえましたね」と声をかけられ、ご住職が同郷人で名古屋出身であることや3歳違いであること、子供から大学時代までの思い出に花を咲かせることになりました。
 
ご住職が子供時代に新聞配達をされていた話も、私自身が新聞を生業としていたことから花が咲き、私が毎月訪れている御嶽山の話も、ご住職が学生時代に御嶽山の濁河温泉方面から登った思い出として語られ、「やっぱり出るね」と私の名古屋弁にも共通の会話として花を咲かせました。
 
もしも、先客のついでに大師堂参拝前に朱印を受けていたら、30分もの長い雑談を続けることはなく、偶然にもその間に誰も納経所に来なかったことも偶然ではなく、人と人との出会いや再会には説明できない呼吸が存在します。
 
かつてのお遍路で、名古屋ナンバーの車と隣りになり、「名古屋の何所ですか?」と話しかけた際に、「なんで」と返事が返り、「私も名古屋だから」と説明しても、「ふーん」と一言返事があっただけで気まずい思い出もありました。
 
2025年5月5日の一言
この出会いでは、名古屋ナンバーの男性に声をかけたら、同じ中学校の同窓生であり、歩いて行ける隣の町内で、親の在所が私の知人の向かいの家であり、あまりにも遠くで近くの人と出会ったことにびっくりした記録が残され、現在も先達の奥様ともFacebook で友達となって関係は続いています。
 
多くの人と出会う四国遍路ですが、それぞれが先を急ぐ巡拝の中で、挨拶だけでなく連絡先も交換しあう関係になる出会いは偶然とは言え阿吽の呼吸としか説明ができず、ましてや何度も再会するようになるとは奇縁ですね。
 
久しぶりの四国から帰り、過去に出会った人たちの記録を読み直す一日となりました。
 

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第58番仙遊寺の観音像と桜
本堂
遠景
看板復活

本日1番目の 第58番仙遊寺に到着したところ 前回無くなっていた看板が復活しており、相棒リマとの懐かしい思い出の場所だっただけに、 朝から嬉しい気分にさせられました。

「どちらから?」
  「愛知県からです」
「僕も 名古屋出身 なんですよ」
  「ご住職がですか ?」

これまで一度もお話ししたことのないご住職から、「丁寧なお経をあげて見えましたね」と声をかけられ、ご住職が同郷人であることと、子供の頃 新聞配達をしたとの思い出話や、名古屋市の 覚王山日泰寺周辺の話や、ご住職が好きな 登山とか御嶽山の話など懐かしい話題から話に次から次へと花を咲かせました。

私と3歳の歳の差はありますが、昔の名古屋の情景が分かり、ご住職が登られた御嶽山や、苦労された学生時代のお話など話はつきませんでした😊

ここで40分の打ち止めです(笑)が、嬉しい出会いとなりました。

第52番太山寺の赤梅
四国八十八ヶ所霊場会 元会長であり、 私の公認先達推薦寺院でもあります。

本日最後の第51番石手寺
雨になりました

本日 の松山市の天気予報は午後に雨との予報から、52番太山寺から第45番岩屋寺まで移動して、雨の岩屋寺を回避しましたが、予報 通り 午後3時頃から雨が降り出し 松山市内の巡拝は 小雨の中のお遍路となりました。
 
45番岩屋寺から第51番石手寺まで巡拝して、3月3連休のお遍路は終わりです。

さて、明日からボランティアの福祉有償移送が連日続きますが、25日の朝日新聞に折り込むミニコミ紙「ふるさとアサヒ」が留守中の事務所に届いており、新聞販売店に届けるだけでなく 私自身も 地域へ配布に廻ることになります。

 

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久しぶりの再会

毎回四国遍路での知人との出会いを記してきましたが、偶然とはいえ会おうとして会えるものでもなく、車ですれ違えばそのまま となり、一緒のお寺の境内にいても 顔と顔を合わさなければ出会うことはありません。

本日の再会も、夕方になり納経締切時間が迫ってきたため、ご本尊への読経をご真言だけにして振り向いたところ、大師堂の参拝を終えて納経所は向かう知人たちとばったり 顔を合わせました。

まさに5秒遅れても、本堂を向いて読経しておれば顔を合わせることはありませでした。

同じ四国のお寺を廻っているので顔を合わすことは当たり前という方もありますが、広い 四国で連絡も取り合わずに会うことは偶然とは思えない 出会いとなります。

こんな出会いや再会もお遍路の楽しみです(笑)

第71番弥谷寺の参道
山門
階段
階段(笑)
本堂へ
また石段
本堂前からの遠景
磨崖仏
大師堂
帰路

本日は第71番弥谷寺からスタートです。

151円のガソリン
香川県の安さにびっくりです(笑)

第70番本山寺の五重塔
ここが何処か判りますか?
私の大好きな場所と環境です
第60番の新しい納経所
最後のツーショット

3月の四国遍路2日目は、香川県の第71番弥谷寺から、愛媛県の第59番国分寺まで巡拝しました。
 
明日は余裕で松山市内と久万高原までの巡拝を済ませて自宅へ戻って行けそうです(笑)

愛猫クーと愛犬リキが待っているのは勿論ですが、3連休の翌日から患者移送の予定がぎっしり 入り、その後も25日発行のミニコミ紙「ふるさとアサヒ」の新聞折り込みと配布が連日続いていきます。

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第75番善通寺の涅槃桜
第88番大窪寺の原爆の灯
今回は 同行 3人です
橿原禅澄さんの常楽寺
一日目の最後は善通寺へ
納経所前の涅槃桜
五百羅漢
延々と続きます
本堂
五重塔
本堂前の灯明
御影堂へ
御影堂
お遍路犬
夕陽がさした涅槃桜
最後の参拝者となりました

本日の四国遍路は第88番 大窪寺から第72番曼陀羅寺まで 逆打ちで巡拝しました。

今回のお遍路は最近亡くなられた知人の納め札と賽銭を預かり、私の特技であるジェット巡拝(スピード遍路)ではあるものの、同行 3人で手抜きが許されません。

さて、31回目のお遍路となり少しは知恵も付き、納経時間の午後5時が近づくなかで、逆打ちの1日目の夕方になると時間が足りず、最後のお寺を残したり手抜きで走りますが、本日は 第75番 善通寺を最後のお寺と決め、76番金倉寺から先に第72番曼荼羅寺へ参拝して、73番、74番、75番と参拝したところ、随分と楽に巡拝ができました。

善通寺の境内は大きく、本堂に参拝し 御影堂に参拝するまでの時間がかかり、ここを最後にしたことで納経を済ませたあとから時間を気にせずにゆっくりと参拝ができました。

善通寺の境内にある広瀬さんが増やした涅槃桜が満開となっており、最後に良き景色も堪能できました。

もっとも、私の参拝が終わるのを待っていてくださった善通寺四国フォト広瀬さんの帰宅を遅らせてしまった反省付きとなる一日目となりました。

明日は第71番弥谷寺から愛媛県の西条市まで、そして今治市を目指して巡拝していきます。