しつけと虐待 | 魂が目覚め本当の人生に導くブログ☆埼玉県行田市 DRTレイキ整体 齋藤浩行

魂が目覚め本当の人生に導くブログ☆埼玉県行田市 DRTレイキ整体 齋藤浩行

読むだけで人生が最善に変わる奇跡のブログ
スピリチュアル・ライフコーチ&DRTレイキ整体
APOLLONIAブランド 公式ブログ

 

 

 

前回までの記事のような無邪氣な「幼少期」でしたが、

実際には、子供ながらに、ある悩みを抱えていました。

 

 

それは、

 

しつけという名の虐待

でした。

 

 

これは、言葉にすると、

「する側」と「される側」の認識の違いが生じて、

「虐待」なんて、おおげさな!

 

となりますが、

 

「いじめ」でも同様ですが、

「される側」は、

常に被害者意識を持ってしまうものです。

 

 

今でこそ「虐待」という言葉がありますが、

その当時は、親が子供に何をしても自由

「しつけ」という一言で済まされていたような時代でした。

 

 

今でいう「虐待」とは、

 

当時の「しつけ」とは比較にならない程に、

悲惨で陰惨な事件への発展が数多く報道されていますが、

された方からすれば、今も昔もどれも同じ「心の傷」です。

 

 

私の場合は、親の性格からも、

陰湿だったり残虐な行為は無く、親の方もけろっとしていて、

単純にイイ子に育ってほしいという「しつけ」だったと思います。

 

しかし、それは、親の価値観の強制的な押し付けであり、

暴力をもってそれを実行してしまうと、恐怖心を植え付け、

子供の大切な個性や将来の可能性は消えてしまいます。

 

 

さて、

前置きがずいぶん長くなりましたが、

 

無垢の魂そのままの、幼少期当時の私は、

 

しばしば両方のほっぺたを真っ赤に腫らしながらも、

精一杯明るく振舞い、元氣に保育園へと通ったものでした。

 

そして、

 

毎日のように、

夕方になり、父が帰宅をする時間になると、

私は怯えて、

自分の履物を外の見えないところに隠して待つのです。

 

やがて父が帰宅をすると、

何パターンかの虐待(しつけ)が始まります。

 

 

最も多いパターンが、

 

食事中にマナーのしつけとして、

・箸の持ち方が悪い

・茶碗の持ち方がなっていない

・食べる順序が違う

・姿勢や食べ方が悪い

などなどの理由で、

 

まずは、

 

説教から始まり、

 

高確率で、

私のご飯茶碗などが、

食べてる途中で取り上げられて、

窓から外に放り投げられ叩き割られます。

 

次に、

罵声怒号と往復ビンタが飛んできます。

 

そして最後に

「裸足で外に立ってろ!」

 

となるのです。

 

昭和の時代によくある光景、

 

テレビでは『巨人の星』の星一徹や、

寺内貫太郎一家』などでもおなじみ『ちゃぶ台返し』ですが、

 

ウチの親は豪華主義だったので、

 

ちゃぶ台なんていうカワイイ代物ではなく、

狭い借家には大きく立派な「家具調こたつテーブル」でした^^;

 

 

当時住んでいた家は、

 

二軒長屋のような形の借家で、

尺貫法の小さい家が二軒ならんで建っていて、

家と家の間は一メートルも無いくらい隣接していました。

 

お隣には、子供のいない中年夫婦が住んでいて、

旦那さんは大型車両の陸送関係の仕事をしていたようでした。

 

私は良くかわいがってもらっていて、

おばーちゃんちまで大型ダンプで乗せて行ってもらったり、

小豆島までブルートレインで旅行にも連れていってもらいました。

 

こうして家から放り出された時には、

お隣の家にも良く逃げ込んでいましたが、

近過ぎて、すぐに回収されてしまいます。

 

 

冬などは特に、裸足で外に立っているのが苦痛で、

 

子供ながらに、

「いつかこんなウチ、出て行ってやる!」

と思い、外に自分の履物をスタンバイするようになっていました。

 

家出癖と用意周到な性格、この頃培われたのかもしれません^^;

 

 

履物さえあれば、「出て行け!」と言われたら、

家出をして、おばーちゃんちまで歩いて行く事も可能ですが、

熊谷から行田まで意外と徒歩では遠く、実現しなかったようです。

 

 

もちろん、

父が怒り出す理由は、

 

食事マナー以外にもたくさんありましたが、

理由も無く、訳も分からずに、

帰宅時にいきなりビンタで外に出される

というパターンもありました。

 

そんなときに、

 

少しでも反論や言い訳をすると、

ガソリンに火を投げ入れたかのような状態になり、

母の手作り料理満載のテーブルごと外に飛んで行きました。

 

 

そして必ず、

 

どんなに理不尽だと思っても、

母親から「お前が悪い!早く謝りなさい」

と言われ、納得できる説明ややさしい教育はされた記憶が無く、

 

私の味方はどこにもいない!

という状況でした。

 

 

あ、

 

一度は「自分が悪いかもしれない」と思ったこともありました。

 

それは、

 

家族で出かけるという時に、親父が車から離れたすきに、

庭先に準備して置いてあった父の愛車「日産グロリア230」の、

運転席のハンドルの下の部分にもぐりこみ夢中でイタズラをして、

 

そこから見える配線カプラー(接続端子)を、

数十個も全部外してしまったことがありました。

 

その部分には、リレーやヒューズボックスといった、

車の作動を司る頭脳のような重要な電子部品が並んでいて、

そこが外れて電氣が流れない事には、車は動かせません。

 

もちろん当時の私にそんな事までは分かりませんでしたが、

機械いじりが楽しくて好きで、親を驚かせようとしたのです。

 

 

車に乗り込んでエンジンを掛けようとした親父は、

キーを回してもウンともスンとも言わない車を前に慌てていて、

馴染みの車屋さんに「電話しろ!」と怒鳴っていました。

 

私は「簡単だから直してあげるよ」と言ったのですが、

理由が分かると、

いきなり体が吹っ飛ぶほどのビンタを食らい、

二度と車には触らせてもらえませんでした^^;

 

 

もちろん、

 

これらの経験は、

子供の私という目線からすれば「虐待」であり、

それがのちに「トラウマ」「ブロック」になっているのですが、

 

親の目線からは、

「親の愛からのしつけ」なのです。

 

 

今でこそ、

 

しつけは本人が理解して氣付くまで、愛情深く、

忍耐強く言って聞かせて教えるという事が当然ですが、

 

昭和の時代はとくに、

「子供は犬猫と同じで叩かなければわからない」

と考えられていたのです。

 

現代では動物でも虐待(犯罪)です。

 

 

私は、

親からすれば待望の長男であり、

 

いずれは齋藤家を背負って立つ、

どこに出しても恥ずかしくない、誇れる、

立派な男として育てたかったのでしょう。

 

 

後年、大人になってから直接父に聞いたのですが、

 

父自身が、高校生の時に父親を亡くして、

それまでも末っ子だった為に自分の父親と接する機会が無く、

「子供を育てる方法を他に知らなかった」

と話してくれたことがありました。

 

 

しかし、

 

今になって思えば、

 

私と妹の間に、

実はもう一人「弟」が産まれるはずで、

 

その子がこの世に生を受けなかったのは、

どうやら私に責任がある・・・という頃から、

虐待行為が始まっていたようにも思います。

 

時を同じくして、

 

当時、

 

父は、急逝した父の長兄から事業を引き継ぎ、

かなり毎日神経が張り詰めていたとも聞いています。

 

サラリーマン経験も無く、テキヤや天ぷら屋からの転身で、

ほとんど未経験の分野でもある清掃業という仕事を任され、

いきなりの経営者という事もあり、精神的に大変だった思います。

 

ましてや、当時の東芝という大企業の下請け業務で、

その営業努力も並大抵ではなかったとも聞いています。

 

また、

 

昭和初期の生まれで明治・大正の名残りのような人間で、

テキヤというヤクザ組織で親分上がりの経歴の父は、

まさに任侠道を絵に描いたような性格。

 

古き良き任侠映画さながらの、

勧善懲悪精神と侠氣の持ち主で、

外面(そとづら)は良く、悪く言えば内弁慶。

 

それでいて良家のお坊ちゃまの出なので、

 

しつけやしきたりには、人一倍厳しく、

それはもちろん、

私に対する愛情の裏返しだったようです。

 

※画像はネットから拝借で、父は昔から自他ともに認めるソックリさんでした^^;

 

 

そして、そのしつけという名の虐待は、

 

妹が生まれた以降も続き、さらに悪い事に、

妹は「女の子だから」と、めったに怒られる事が無く、

そのとばっちりは、かならず私に飛んでくるのでした。

 

私自身がこのような経験をしたおかげで、

 

父親の記憶としては、

このように厳しく激しい側面だけが深く刻まれていて、

もっと大きかった愛情ややさしさとしての記憶は、薄まっています。

 

 

このように、

 

実際に自分が、

その当時の親以上の年齢になってみて、

 

ようやく、

当時の親の心境や状況

というのも理解する事ができるのですが、

 

幼い子供からしてみれば、

親は世界の全てであって、

世界で最もえらい存在なのです。

 

 

そして、

 

父親と母親という、

両方の親から見放されたと感じてしまった時、

子供の自尊心自己重要感は、

音を立てて崩壊し、

精神的な自己破壊が始まってしまいます。

 

 

幸いにも、私の様にメンタルが強い子供の場合には、

それらの、つらく悲しい体験も、魂の奥深くに封じ込めて、

何事も無いかのようにふるまい、楽しく成長する事も可能です。

 

弱い魂では、自死や発狂、発病を選ぶかもしれません。

 

それでも、私自身にも、

長いことこの頃の経験がトラウマになっていたのも事実です。

 

もしかしたら、

いまだに精神的なブロックとして深層心理や魂には、

残ってしまっているのかもしれません。

 

今でも親父の怒鳴り声を聞くと、敵意と嫌悪感が反応します^^;

 

 

そして、

 

それらの封じ込めた思いとは、

確実に魂に鎧の様に覆いかぶさり、

輝く光を封じ込めるブロックとして残ります。

 

そうすると、

 

「自分なんかいらない存在だ」という記憶だけが残り、

「自分の人生は不幸で当然」となってしまい、自分自身で、

幸せな人生を歩む事を阻害するようになってしまうのです。

 

 

これらのブロックがある人々は、

 

本当は、客観的に見ても成功している人生なのに、

もう少しというところで、いつもうまくいかずに、失敗してしまう。

 

という傾向が見られる事が多いようです。

 

 

なぜ幸せになれないのかというと、

 

魂の奥底という深層心理にしまい隠してしまった観念が、

不幸が当然と信じ込んでいて、慣れたその状況が心地よく、

幸せに好転するという事に「恐れ」を感じてしまうからです。

 

 

それが精神的なブロックと言われているもので、

心理学やカウンセリングの世界でも重要視されている問題です。

 

 

幸いにも、

 

近年では「虐待」は犯罪とされていて、

子供たちが肉体的な暴力で傷を負う事は少なくなりましたが、

 

言葉の暴力やパワハラ・モラハラなどは、

むしろ増え続けているようです。

 

肉体に負った傷は、時間の経過とともに解消しますが、

精神や魂に負ってしまった傷は、自身で氣付きを得るまでは、

癒す事ができずに、ブロックやカルマとなって残ってしまいます。

 

 

スピリチュアル的には、

心の傷は魂の研磨剤で必要

とも言われていますが、

 

ある程度の「氣付き」としては必要であったとしても、

「トラウマ・ブロック」になる程の痛手は逆効果です。

 

 

そして、

 

どんな状況や問題も、

自分自身の鏡であり、

その人に氣付かせるために起きている

と言われています。

 

 

親が子供に虐待などをした場合には、

親自身に氣付きと反省を促すための場合があり、

 

私の場合は、

 

幼少期にこのような経験をしたおかげで、

大人になった今、このような考え方をする事ができて、

同様な経験や、その他の様々な悩みを抱える人々を、

幸せにお導きするライフコーチのお仕事ができています。

 

 

しかし、

 

もしも今現在、

親の立場として虐待をしてしまうような方は、

まず冷静になってから、ご自身を振り返ってみてください。

 

 

その行為や感情は、

 

本当に、

子供に対する愛情から来ているものですか?

 

 

虐待をご自身のストレスの捌け口にする事は、

天の創造神的にも絶対に許される事ではなく、

悪行は必ず、いずれご自分へと還ってきます。

 

 

因果の法則・カルマの法則です。

 

 

 

子育てや子供との接し方、

また、このような子供時代の体験やトラウマなどなど、

お悩みの方がいらっしゃいましたら、

お氣軽に下記までご連絡をお待ちしております。

 

 

あなた一人で悩む必要はありません。

 

 

いままで十分がんばってきた皆様、

決してご自分を責める事はおやめください。

 

自分の魂が傷ついて隠れてしまいます。

 

 

それは不幸の連鎖であり不幸の輪廻で、

人生好転と反対の作用をもたらします。

 

ブロックの解除方法としては、

受け容れ・認めて・許す

事が最も効果的で重要です。

 

 

そして、

 

客観的な一般論で片付けられてしまうような、

「人生相談」や「カウンセリング」や、

「霊能者・占い」では解決しません。

 

 

私達スピリチュアル・ライフコーチに、

お任せください。

 

幸せな本当の人生へとお導きいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

読者登録してね
↓幸運と導きに包まれ最高に好転します↓

メルマガ登録画像 アメブロ
人生の道に悩み目的地が見つからない方
 天界の答えを導くお手伝いをいたします
☆オンラインお悩み相談承ります☆

●メールの場合、一往復1千円!
●スカイプ・ズーム等(無料テレビ電話)の場合、
通常価格一時間8千円のところ、特別価格5千円!

※いずれの場合も、銀行振込(ゆうちょ可)での先払いにて承ります

→完全無料お問合せはココをクリック←
☆あなたの人生を好転する☆

「人生を変える12ステップセッション」

 ↓お申込はコチラ(バナーをクリック)↓