I hate irritating English guys much more than Korean which japan hasn't got good relation in diplomacy with.
Nowhere is “world”. To amaze, each country doesn't connect with each other. We cant mix with each other. You wouldn't understand and like some cultures. They wouldn't be your taste. Astonishingly. But it is natural. There are some hundreds of countries and areas on the earth. That's it. No world.
We cant take longer distance from our mother coutries or where we belong with than our expected one.
「グローバル社会」とはどこにあるのんだろうか
人が「世界」という時はどこの国どのことを国を指しているんだろうか
イギリスい留学したという話を日本にいる友人にすると「イギリスって人を国で判断しないんでしょ。偏見とかないんでしょ。」っていわれることがある。
そんなことはない
そんなことをしない人はどこにもいない
絶対「どこから来たのって言われるし
「どこどこのくになら~だよね?」とか聞かれるし
口に出さなくても
確実に心の中で地域や国のいったことものないのに話したこともないのに印象を持っている
それは「ごく当たり前のこと」であって
別に悪いことでもなんでもない
中立な人間なんていない
ほとんどいない
自分の生まれた国が誰だって可愛いしそこが基礎になっている
どんなに自分の生まれた国が好きでなくてもきっとそう
味覚は国を超えると思っているかもしれないが、
国が違くても同じものを食べてみれば感じるものは同じだと思っているのかもしれないが
私たちの舌は想像以上に母国に冒されている
留学して本当にこの人の味覚はおかしいんじゃないかと思う人たちに何度も出会ってきた
韓国とタイの子たちの言う「全然辛くないよ!」は、十中八九めちゃくちゃ辛い
イギリスの子たちの言う「普通」のパスタは確実に水っぽいし、無味。
日本人が毎日のように飲む味噌汁の匂いは、ホームステイ先の女の子にとってはかなり悪かったらしい
「見える」ものは同じでも
脳で感知して感じることは人によって違うし、やっぱり国によって大きくわけられる
同じ国で育った人のほうが同じことを感じている
目の前にあること、味、空気、それら全ては
私たち自身のフィルターにかけられている
私たちが思っている以上に
私たちは「世界」を正確に感じて、把握していないんだ
「festival」と聞いて私が想像するものとコロンビアの子の想像することはきっと全然違う
漫画が右のページから始まることは他のほとんどの国の人にとってなぜかわからないらしい
電車の中で日本の本を読んでいたら見知らぬ人たちがこしょこしょ話で「文字が縦に書いてあるんだやっべーよどうやって読んでんの?!意味わからん!」って言っていた
私たちは私たちが思っている以上に母国に帰属していて
どれだけ世界中を旅行しようが
どれだけ異国の地に長く住もうが
生まれ育った「自分の国」から離れることはできない
自分もそこから意識を離すことはできないし
周りの人もそういう目で見るんだ
高いレベルのことは知らない
でも一般的に言って
この惑星に住む50億以上の人々にとってはきっとそれが基本
「母国」が基本なの
オマーンの友人が「日本人はいつも俺たちの肌何色?って聞くと黒っていうんだ。黒じゃないよ、ブラウンだろ?」って言っていたのを思い出した
一番仲良くしてくれたのはリビアとコロンビアの子たちだった
真面目で話が合った
マナーも日本に似ていたから(特にリビア)イラッとすることもないし楽だった
人それぞれに「母国」がある
じゃあ私たちが時々使う「世界」っていう言葉の指す国っていうのはどこのことなんだろう
「世界で活躍したい」ってどこのこと?
住むのは一つの国でしょう?
世界的に有名な会社にしたいの?
ヤクルトはヨーロッパではあまり知られてなかったけど、ラテンアメリカの子たちは大抵知ってたよ
世界ってどこのこと?
ユニクロだって、そりゃ店舗自体はロンドンに3つぐらいあったけど
でも「ヒートテック!」とか「ユニクロ!」って盛り上がれるのは基本的に韓国とか台湾の子たちだよ
ヒートテックなんてアラブとラテンアメリカとヨーロッパじゃまあ着ないだろうしね
西ヨーロッパの方々は肌が厚いのか寒さに強いからね
「グローバル社会」っていう言葉に押されて
ある程度成功したらすぐに「世界の人々に知ってもらいたい」っていうのが次の目標として掲げられる気がしている
「自分の会社の名前を世界的に有名にしたいんだ!」という野望があるなら、それは誰にも止められない
「なぜそれがしたいのか?」と聞かれても「それがしたいから」。
でも別に世界的に有名な会社にならなくても
そこに確実なニーズがあれば
地域に根差してその会社はやっていける
大切なのは知名度や会社の大小ではなく
中で働いている人の賃金も含めた満足度なのではないの?
私たちは一つの国の一つの地域の一つの町に住んでいる
そこで暮らしている
名前だけは世界をネットと介して回れても
私たち「人間」という体は思ったよりも不自由で
その地域から離れて生きていくことはできない
「グローバル」になったのは機械や技術でそういうことは「できる」ようになっただけで
私たちの心と体はそこについていけていない気がする
「グローバル社会化」を止めることはできない
それは一つの潮流だから
ただ、可能になったからといって自分たちも「グローバル化」していると思うのは勘違いじゃないだろうか
日本にもいくらでもあるが
イギリスでアラブの人たちだけで集まっている店や、韓国に子たちばっかり集まる地域をいくつも見てきた
生きる場所を超えたところでやっていることは同じなのだ
一つの町に生きている
国境をやすやすと超えることはできないし
する必要もそこまでない
いくつもの、200ほどの国がある
それぞれの国に人が住んでいて
違う性質を持っている
それぞれが息をしてその場所に生きている
「世界」なんて場所はどこにもないんだ