高校卒業後、大手の電気会社に就職した。そこでの仕事は 商品管理。来る日も来る日も、仕入れ、商品の展示を繰り返す。若かったせいか 自分にはもっと違う職業がある、とエアコンの設置の仕事を始めた。
25歳の時、先輩が独立する。その華やかな生活を見て 憧れた。「今までは会社に搾取されるばかりだったけど、搾取をする側に回ろう」と思い、一人で仕事をし始めた。「 仕事でも遊びでも眠る間を惜しんでやった。おもろかったな」と懐かしむ。そういえば こんな事もあんな事もあったと次々と思い出話に花が咲く。「今治のイオンの空調設備を受けた事もあったなぁ」「息子が日体大へ行ったので 会いに行くため 横浜の仕事もやった」
一国一城の主となって 仕事はトントン拍子。売り上げは順調に伸びて 1億円に達した。夜の街で知り合った飲み友達は役所の人間。そこから 公共事業の仕事にありついた。学校、図書館と仕事は次々と舞い込んだ。
「あの頃の僕は接待三昧。祇園、北新地とよく遊んだものや」「北海道へゴルフもしに行った。4人やったから 60万もかかったかな!全部、僕持ち。後で何倍にもなって帰ってくるとおもっていたから・・・」
趣味の車はカローラから1000万のBMWに変った。気がつけば 夜な夜な夜の街へ・・・妻への生活費は50万。それでも 「 家庭を振り返らなかった罪滅ぼしの代償だ、と思い、払ってきた。家庭内は冷たい風が吹いていたけど・・」
一方、遊びと仕事は充実していた。
「北新地のオカマバーへもよく行ったなぁ。挙げ句の果てに オカマと恋に落ちる友達もいた」と笑った。
もっと会社を大きくしようと設備投資の資金を借りて、「さあ、これから働くぞ」と思っていた矢先、不渡りをつかまされた。時を同じくして友達から請け負った公共事業は 利益が少なく、働けども働けども赤字が続いた。「これじゃぁ、やってけない。でも 友達が、そのうちいい仕事を回してくれる」と思い、仕事を続けた。
今から思えば ケチのつき始め、と思う。仕事を続けながら 必死になって金策に奔走した。金の匂いに あんなに集まって来た人も蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。そして会社は潰れた。
男の饒舌は消えて 静寂となった食堂に つけっぱなしのテレビの番組が地震速報になり、アナウンサーの声が臨場感を伝える。
鳥取で 家屋が潰れた映像が映し出されると「ア・ア・・この県に行ったなぁ」と何かを思い出そうとする。記憶の断片をたぐるように 小さな声で 「昔、海辺の町で そこに 好きな女がいた。いずれは一緒になろうと思っていた」
結局、金の切れ目が縁の切れ目。妻とは離婚協議中、女に捨てられ、息子や娘にも無視され、踏んだり蹴ったり。脳出血でみんな失った。世間の荒波の中、もう男が浮かび上がることは無いだろう。人生はドラマのようにはいかない。
追記
男の社長仲間から品が届いた。皆で美味しく頂いた。
