午後3時、玄関のガラスのドアが開いた。


「連絡が遅れてすいません」と12月に問い合わせがあった年配の感じの良い女性が頭を下げる。


昨年12月のことだった。


体験授業と面談を終え、生徒・保護者共に教室との相性が良いと直感的に判断し、後日、連絡を入れた。しかし、色よい返事はもらえなかった。「残念だが、仕方がない」と諦めただけに、玄関に立つ人に驚いた。


聞けば、体調の悪い親族の面倒を見ているのだが、最近では、物忘れが多くなり、同じ事を繰り返すため、手間が一段とかかると言う。


そのうえ、忙しい息子夫婦に代わり、昼間は孫2人の世話もしているせいで、年末・年始は身動きが取れなかったそうだ。


塾生となる孫の学校生活、日々の暮らし、性格、能力とたくさん、相談していただいた。また生徒の学習に関わることだけでなく、介護の日々についても話してくれた。


父は死期を迎えるまでの最後の5年間で、胃を全摘出、次に片肺を取り、最後は小腸の一部も切り取った。急激に年老いた彼は、物忘れがひどくなり、最後には、いつも世話をしている母を認識できないほどに痴呆が進んだ。それでも、年に4,5回、見舞いに帰省する僕のことは覚えていて、ベッドの上で「帰ってきたのか?」と弱々しく笑った。そんな父を見て母は「あなたのことは覚えていて、私のことは忘れてしまった。世話をしているのは私だ」と愚痴をこぼした。



学校長を退職した父は、県会議員に立候補した教え子の選挙参謀として、市民会館満杯の聴衆の前で、熱弁をふるったこともあった。そんなことを思うと、何度も同じことを尋ねる父に苛立ちを覚えた。同時に「最後はこんなになってしまうのか?」と寂しさを覚えた。



同様の経験を持つ僕と、「老いの悲しさ」と「介護の大変さ」について話をして、想いを共有した。



何分、話しをしただろうか?



目頭をそっと押さえ、涙を拭ったように見えた彼女は「よろしくお願いします」と席を立った。



ブログに書いてはいけない事なのかもしれないが、僕を信頼してくれて、生徒が置かれた家庭環境を話してくれる保護者の方がいる。そして、身が引き締まる思いで話を聞き、全力で生徒と向き合おうと思う僕がいる。


そして、そんな出会いを大切にし、生徒の痛みまでも共有できる塾屋でありたい、と強く思った。


なんか力が沸いてくる午後のひとときであった。