7年ぶりの長い盆休みを取った。友人たちと数回、食事を共にする以外、特別することもなく、テレビを見ながらマッタリと過ごしている。つけっ放しの番組の中、
あるミュージシャンが、アマチュアの頃、大好きだったLA-LA-LA LOVE SONGを歌いこなすために1年間を費やした、と話した。その方法は、CDのワンフレーズを聞き、自分の声を録音する。その声を聞き、納得行くまで根気強く歌いなおす。その繰り返し。
これは、英語にも通じる。僕の友人はその昔、アメリカ口語教本という4巻からなる教材をテープが擦り切れるほど聞き、そして、発音、イントネーションを真似た。最後には暗記できるほど聞き返した。初級、中級はまだいいのだが、上級になると、難易度もぐっと上がり、そうとうの努力が必要になるが、何かに取りつかれたように何年も聞き、暗唱を繰り返した。
ある時期を経て、彼の英語は変わり始め、さほど僕の英語と変わらなかった彼の英語力は、僕の手の届かない所に行ってしまった。まさに、「苔の一念岩をも通す」ということだ。お互い多忙で、いつの間にか、疎遠になってしまったが、いまだに尊敬する男だ。
話は変わり、
英語の達人であり碁の有段者でもあった人生の先輩が話したことがあった。
囲碁はまず定石を覚え、定石通りに打つ。そしてある程度うまくなれば、一旦、定石を忘れて碁盤に向き合う。英語も最初は、単語・文法を覚えると同時に、教材を聞き、発音を真似て多くの例文を覚える。その後、一旦、覚えたものから離れ、自由に話をしてみる。暗記した型に囚われず自由に話せるようになれば、一皮むける。
何事も最初は覚えることだ、まずは模倣だ。徹底コピーから始まる本物は、多くの分野に存在する。少なくとも音楽と語学にはあると、あらためて思った。
最後に、始める時期は? 早ければ早いほどいい。脳が柔軟で大量の情報を処理できる若い時期がいい。現代は娯楽が多く、地味で退屈な反復練習は、流行らないと思うが、大空を舞いたければ、地を這う努力を忘れることなかれ、肝に銘じて欲しい、と塾生たちには、伝えていこうと思っている。
これが、お盆の真っただ中に、ふと思ったことだ。
分かった風なことを言うな、と思った方には申し訳ない。