「先生、どれくらいやれば、志望校に合格するんですか?」と生徒が尋ねた。
各個人の能力、到達度、志望校、勉強量を鑑み、模試の判定も判断材料するのだが、英語を長年教えてきた者として、英語の問題を解く正解率や生徒のかもし出す雰囲気から伝わる肌感覚も大切にしている。これがかなりの確率で当たるのだ。
つい最近も、「まだまだだ。そんな状態じゃあ、受かるはずもない」と思い、僕の気持ちだけが空回りをして、きつく指導してしまった。そして、生徒の目に涙が浮かぶ。「アッ、やってしまった」と思ったときには、後の祭りだ。
「あ~あ、先生、泣かしよった」と周りの高3男子が冷ややかに、はやし立てる。ごめん、ごめん。まだまだ、これからなのにね。努力もしているのに・・悪い。
関目でいた当時も、毎年、恒例のように、数名の女子が「受験が辛い」と泣いた。ときに男子も涙を流した。断っておくが、僕がいじめたわけではない。それぐらい自分を追い込んで、時間を惜しんでやるのだ。その先は、神様だけが知っている。
苦しいのは分かっているつもりだ。ぼくも海外の大学で同じような体験をした。
「いや~今、思い出しても地獄だったな」
だから、その苦しみを和らげるために、ひとりで問題が解けるところまで、解説を読んで理解できるところまで、僕が連れて行こうと毎年、遅くまで質問を受けている。
もう少しで、生徒たちは自分の力で、問題に取り組めるようになる。そうなれば、大量の入試問題も辞書を片手に、解けるようになるだろう。「一人じゃ、何もわからない」と話していた高3生も、独力でできることが、増えてきたと感じるはずだ。人は、遠くにでも光明が見えれば、努力できるようになる。
誰しも通る道だ。
とにかく、「朝の来ない夜はない」と肝に命じ頑張って欲しい。