今朝、数百人がウエイティング・リストに名を連ねる宮本算数教室がテレビに登場した。教室で子供たちはひたすら考え、独力で問題に取り組む。今日、解けなければ、明日、また考える。教えることはほとんどしない。そうやって鍛えられた子供たちの80%が難関中学に入学してゆくそうだ。











僕は、限られた時間の中で勝負していると思っているため、ついつい教えてしまうのだが、「考える」時間の重要性は分かっているつもりだ。











その昔、ぼくはシドニー大学大学院で、論文と格闘したことがある。まずは、多くの文献を読み、方向性を定め、その後フィールドで収集したデータを解析して、論文を書き始めた。アイデアが次から次へと生まれ、何ページも一気に書き上げたときもあれば、いくら考えても、筆が進まないときもあった。そんなときは、いったんコンピュータのスイッチを切って、疲れた脳を休ませるために眠った。






次の日、目が覚めるとまた、ひがな一日、七転八倒しながら考えた。気分転換に家の周りをジョギングしたときも考えた。そうこうしているうちに、思考が少しずつ集約して行き、熟成し始める。そんな風にして、書き上げたエッセイ(論文の短いもの)は、Jim Martin 教授から、来年の学生のモデルアンサーにするから欲しい、と言われた力作となった。このようにして、僕は「考えぬくこと」を学んだ。









そうした経験を持つ僕は、生徒達に粘り強く思考する人になって欲しいと願っている。アドバイスがうまく機能し、考える力を手に入れた生徒もいれば、そうでなかった生徒もいた。今の僕にできることは生徒と共に悩み、考える姿勢を貫くことぐらいだが、いつの日にか「教え込む」のではなく、「思考を練る」手助けができる教室を、ここ京都で作り上げたいと思っている。








なぜなら、「考えて、考えて、考え抜く」それが、将来、人生の色んな局面で役に立つと知っているからだ。




追記:


22時過ぎ、マツモト教室長から電話が入る。



「ミカちゃんが隣にいるから、代わります」



「就職、決まりました」と電話の向こうで、嬉しそうな声が弾む。



よかった、よかった。この不況の中、よく頑張った。

なんかいい気分で、今日は終えることができる。ありがとう。ミカ・・・