昨日は次女のカウンセリングに行ってきました。

といっても次女は無しで。

次女の問題は引いては私達夫婦の問題だと先生に言われたので、

夫と2人でカウンセリングを受けてきました。

(次女はカウンセリングに行きたがっていないのもある)

 

 

 

そこで14日に書いた記事での 私と次女のケンカの話をした。

・私が次女の事を、ある部分横柄だと思っている事。

・次女の話のある部分は不安や愚痴では無く、ただの悪口だと思う事。

・そんな次女の話を「お母さんはもう聞きたくない!」 と言ったこと。

・今まで私が次女にしてきたことは、甘やかしの気がしてきたので 

 勇気を出して突き放してみたこと。

 

 

 

 

すると先生は、

「お母さんが次女さんに 『次女との共依存はもうやめる』 と宣言したんですね」

と言った。

 

 

 

…へ~。そう言う事になるの?

というか、次女と私も共依存だったの?

 

 

 

そこを確認したら、先生は

「もしお母さんが共依存を続けようと思っていたら、次女さんの横柄だと思う話も

お母さんにとって必要な事になるので 聞き続けたと思います。」

と言った。

 

 

 

うーん…分かるような、分からないような…。

 

 

 

 

とりあえず今回の「突き放す」 という選択は間違っていなかったみたいだな。

ちょっと安心した。

そして今の問題は、

私が次女に対して 「突き放すところ」 と、「ちゃんと受け止めないといけないところ」

の区別をつける為の、自分の感覚に自信が持てない所かな?

その感覚を母に壊されているので、私がぶれて、

次女もそれに巻き込まれて苦しい思いをしてるのかもしれない。と思った。

 

 

 

ぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶー

 

 

 

ここからは、カウンセリングが終わってから考えた事。

 

 

 

 

私が次女にブチ切れて

「もうそんな話は聞きたくない!」 と言ったことが

私が、「次女との共依存をもう拒否する」 と宣言したということなら、

私が今まで母や夫に喚いてきたことも

「お前の共依存に使われるのは拒否する!」 と言ってきたことにならないか?

 

 

 

母には、どれだけ喚いても 多分勝てた事はない。

共依存を受け入れる行動をしてきたこともあったんだと思う。

でもいつもその都度 反発はしてきた。

他人から見たら 私がキチ○イにみえただろうほど

反発だけはしっかりしてきた。

 

 

 

ギャーギャーバカみたいに喚くしか出来ない自分を

自分でも「なんてバカなキチ○イ」 と、内心バカにしてももしてたけど、

実はあれはあれで

私はちゃんとしたことを訴えていたという事か?

 

 

 

夫に関しては、私はほぼ屈した覚えはない。

失敗はしても 負けた覚えはない。

 

 

 

 

…という事は…

 

 

 

 

ほ~れ ざまあみろ!

やっぱり私は正しかったってことじゃねーか!!ニヤニヤニヤニヤ

ばーかばーか お前らの(母・姉・夫) ばーか!!

おぉ~~ほっほちゅーちゅーちゅー アップ  ということだね。

            

 

 

 

 

 

 

おほほ状態は、極端に振り切りすぎてて、自分でもいつも引いてしまうけど、

今回はこのまま おほほ状態を受け入れてみようかな。

そんでそのまんま次のカウンセリングに行ってみようかな。