その日の夕刻から、、

八郎達はいつもの部屋があいたので、

騒がしい六人の部屋の隣から離れの二間続きへ引っ越していった。

 

翌日は雨だった。

昨夜の疲れに、六人は昼近くに目を覚まし、

朝食をすますと碁盤を持ち出して対局を始めた。

はじめに来た入湯組三人と武者修行組三人に分かれて対局し

負けた組が勝った組へ一献差し出す、というものだった。

 

だが、松枝謙八と猪狩群太夫を除く四人は

笊碁(ざるご)なのか段違いなのか、

いずれも30分もしないうちに、すぐに背振と羽交が勝ってしまった。

謙八と群太夫はいづれも伯仲の技量と見える上に

相当の蘊蓄(うんちく)もあるらしく、

一進一退、勝負に時間がかかるほど、

一つ一つの碁石を置く音も冴えわたる。

 

いつか残る四人の目も碁盤に吸い寄せられる。

そのうちに、白を握った猪狩が不利になりだして

武者修行組の二人が声援すると、入湯組も応戦助言する。

 

「いよう、これはお盛んですね。」

八郎は通りがかりに開けっ放しの廊下からのぞくと、

遠慮するほどの空気でもなく、

好きな碁の道であったため、

八郎は一礼をすると敷居きわに座ってじっと盤面を見つめた。

 

じろりと見た羽交源之丞は、

いやな顔をしてそっぽを向いた。

 

昨夜の一件はさすがに気が引けて、

同志には、

「とうとう、見当たらぬ。」気づかれないのを幸いに

ごまかしていたので、ほかの五人はまったくわからないのだった。

 

八郎は八郎で、源之丞の顔色に気づかぬほどに、

碁盤の行方に夢中になり気を取られていた。

 

戦いが終わりついに松枝の勝で終了し、

入湯組は躍り上がって大声で喜びあった。

 

「どうだ、武者修行が聞いてあきれるぞ。」

「さ、今夜の酒はそっち持ちだ。うんと飲んでやるからそう思え。」

などと子供のようなはしゃぎようである。

 

「時に、貴殿もその道にご堪能と見たが、一面いかがでござるな?」

 

味方の敗北に気を悪くしたのよりも、

昨夜のことで復習したい気持ちでいっぱいな羽交源之丞は、

さっきからむっつりしていた口を切って、

足達八郎にそう言った。