たまには、ブログを書くか・・。ブログを書いて食ってるわけではないので、ブログにあまり時間をとられたくはないが・・・。
チェ・キンホやイザベラ・バードの朝鮮紀行。ここにも朝鮮の苛斂誅求政治が書かれているが、朝鮮三代巨儒の丁茶山もそのことに触れている。
租税の取り立てである。
丁茶山が残した詩「飢民詩」とからの文章である。
「 顔面は惨として黄を呈す。鬢髪は乱れて糸の如し、まさに塗炭の苦しみにあえぎ、ただ上の救いを待つのみ。 」
朝鮮でも苛斂誅求政治が次のような語り継がれている。
地方の役官たちは、死亡した人間にも、生まれたばかりの赤子にも臆面なく課税して、綿布を巻き上げた。滞納するもには、手厳しい懲罰主義でのぞんだ。酷税に苦しんだある農民は、われとわが身を呪うあまり、こんなものさえなければ、とうめきつつ、恨みをこめて男の一物を切り落としたと言う話さえ、語り継がれている。
朝鮮人がキリスト教を進行するようになったのも、両班からの苛斂誅求政治が原因である。
こういう話だけを取り出すと、すぐに勘違いが生じてしまう。日本人は、苛斂誅求政治を行った李氏朝鮮を倒して、近代化をさせてあげて朝鮮農民を救ったと言っているが、それはとんだ感違いである。
まず、日朝修好条規という不平等条約のおかげで、日本人は大もうけし、朝鮮の米価が2~3倍にも跳ね上がってしまったことをお忘れではありませんか?朝鮮米の買い付けは、日本が8割を占めていました。農民が生産した米は、つくるそばから日本人商人に買い占められ、国庫に入る分までもなくなってしまっていたのです。これには官民共に困り果てました。官は当然、農民に働いて米を出せと要求しますので、得に塗炭の苦しみを味わわされたのは朝鮮農民だったのです。さらに日本商人は極貧の底にあえいでいる農民に高金利でお金を貸し与え、なおいっそう苦しい生活に追いやっていきました。朝鮮農民は金利という仕組みを知らなかったのです。治外法権が生きていますから、朝鮮は日本の悪徳商人を取り締まることすらできませんでした。
私が言いたいのは、嫌韓がよく言う、日韓併合前のミンピ&高宗政権時代の朝鮮両班は、朝鮮農民を何の理由もなく不孝罪やら不睦罪やら淫行罪やら無作法罪といっては捕らえ、拷問にかけて苦しめた。それを日本が助けてやったと言っていますけど、それは解釈が間違っているのではありませんか?なぜ、両班は、罪のない朝鮮農民に罪を着せて拷問をしたかというと、近代化による莫大なお金が必要となったこともありますが、なにより日本が朝鮮米を国庫からなくなるほど米を買占め米価が高騰したから、両班は食っていくのに必死になり、朝鮮の階級制度に従って朝鮮農民に拷問を加えるという結果を招いたのであって、日本人が朝鮮農民の拷問に大役をかっているのですよといいたいのです。言っている意味分かります?
水間正則が日韓併合の真実という本で、朝鮮農民が両班どもから拷問を受けている写真が出てきますが、この拷問を助長させたのが日本の不平等条約の押し付けによりおきた米高騰が原因ですよと私は言いたいのです。日本人に大きな責任があるにもかかわらず、朝鮮人を救ってやったと解釈するとは、どういう意味ですか?まったく逆ですよ。日本人は朝鮮人に途端の苦しみを味わわせたのです。これが真実です。水間正則のだましのからくりに気がついてください。
朝鮮農民にとって、苦しかったのは李氏朝鮮の酷税だけではなく、むしろ日本の朝鮮米購入によってもたらされた米価高騰なのですから。高騰したのは米価だけではなかったのではないでしょうか?これは、朝鮮農民にしたらたまったものではない。儲かるのは日本人、儲からないのは朝鮮人。儲からないのに米価がどんどん高騰していく。朝鮮人は、どうやって、米を買って食べていったらいいの?自分たちの作った米が買えないので朝鮮農民は粟や稗を食ってかろうじて飢えをしのいでいました。朝鮮政府や両班からは税はとられるし、日本人によって米価は高騰するし、これじゃまるで横領である。いくら商売とはいえ、それもこれも日本人の武力による不平等条約を結ばされたためである。これによって、関税撤廃され治外法権を押し付けられているために、日本の不法な行いもやられっぱなしであったことは想像に難くない。この日本人による朝鮮米高騰は、李氏朝鮮の課した酷税を凌ぐほどの塗炭の苦しみを朝鮮農民に味わわせたことは間違いないのである。それで、朝鮮農民は、李氏朝鮮を倒してくれた日本人に感謝するのでしょうか?するわけないですよね。
ここを、分かってますか?嫌韓さん?
私、今まで朝鮮米が高騰して日本人は朝鮮農民に塗炭の苦しみを与えたのですよ、と訴えてきたのですが、この説明で分かってもらえたでしょうか?
それともうひとつ言いたいことは、
この頃、ミンピ&高宗政権は、他国に侵略されまいと、現に朝鮮に干渉している日本と清、イギリスを牽制し、まだ朝鮮に干渉すらしていないロシアに近代化を求めていたことは誰もが知っていよう。しかし、
近代化には莫大なお金がかかるのである。この莫大な資金を集める方法は、他国を侵略するか、民から税収を取るしかないのである。日本も同じ状況であった。だから、朝鮮を侵略した。日本は朝鮮を侵略することで朝鮮米で大もうけし、朝鮮に輸出を増やして財政難を回避しました。当然、日本の財政難が消えた分、こんどは朝鮮の財政難に上乗せされてしまいます。朝鮮は近代化にかかる莫大なお金で財政難を抱えていたが、そこへさらに日本からの財政難が上乗せされてしまったのです。朝鮮はこの財政難をどうやって回避するか?日本と同じようにどこかの国に侵略して大もうけするか?いや、残念ながら侵略できる国は皆無であった。ならば、方法はひとつ、民から税を徴収するしかないのである。朝鮮は日本の不平等条約によりさらに財政が逼迫されたため、今までよりも多くの税を徴収しなければ、財政を立て直せなくなってしまいました。よって朝鮮政府は、朝鮮農民に酷税を課します。しかし、朝鮮農民から搾取してもないものはない。つまり朝鮮はどこかの国に侵略されると言う道しかなかったのです。
いやいや、そんなことを言いたいのではなく、この朝鮮農民に課せられた酷税は、日本の朝鮮侵略による米価高騰、日本商人の朝鮮進出が大きくかかわっているよ、ということを私は言いたいのです。朝鮮農民が苦められた酷税は、実は日本人が原因でもあると私は言っているのです。
よって、ミンピ政権時代の話になるが、苛斂誅求政治とはいうが、財政が逼迫している以上、この李氏朝鮮のやり方はやむをえなかったと考えている。両班の腐敗も問題であることは否定しないが・・・。
それを、黄分雄を代表する嫌韓どもは、何かと李氏朝鮮の苛斂誅求政治を大々的に取り上げて、日本の不平等条約による米価高騰によって朝鮮農民が苦しんだことを隠そうとするんですね。これでは歴史美化していると思われて当然ですよ。
李氏朝鮮政府の苛斂誅求政治は、丁茶山が詩に残すくらいのひどいものであったことは、間違いないであろう。だからと言って、日本が朝鮮農民を救ってやったなどと解釈するのは、間違っていますよ。まったく逆です。朝鮮人を苦しめました。だから朝鮮農民戦争が起こるのです。1885年から1895年の約10年間続きます。
朝鮮の農民戦争は有名ですが、これははじめ朝鮮政府の苛斂誅求政治に矛先が向いて行われていました。朝鮮政府も国を守るために資金が必要でしたから、農民から税を課す以外に、資金調達する術はなかったのでしょう。朝鮮人口も維持できていたことだし、やむをえない範囲だった。官が腐敗していたことは、朝鮮農民が怒るのは当然とはいえ、しかし、農民戦争を起こされては、朝鮮政府もどうすることもできず、和解に動き、農民戦争は収まったのです。東学農民を解散させたのは、清国が東学農民を口実に軍隊をよこそうとしたからです。このことからも、朝鮮農民は清国の朝鮮侵略も嫌がっていたことが分かります。結局、朝鮮はロシア、イギリス、フランス、清、日本の5カ国から狙われていたんですね。
さて、次に矛先が向けられたのは、当然、日本です。東学農民も朝鮮政府に「日本人と密通するものを厳重に処罰」するように朝鮮政府に要求してそれを承諾しています。他国の人間が武力で朝鮮の土を勝手に踏み、朝鮮米が高騰したのですから、これは、まるで酷税を課せられているのと同じようなもので、日本人を追い出せ!、となるのは、当然のことではありませんか・・・。これのどこが、朝鮮人を救ってやったということになるのでしょうか?
ちょっと頭ひねれば、分かることだと思うのですが・・・・、丁寧に説明しないと、分からないんですかね・・・。
ただ、私は、日本が不平等条約を結ばせる前から、両班どもが農民から租税の取りたてに不正と暴力を働いたことは否定しませんよ。でも、そのような話、日本の部落の話を掘り起こせば似たような話が出てくるんではないでしょうか?
あんまり、朝鮮のアラを探してつつきまくっていると、歴史美化しているように思われて当然だと思いますよ。