輸入超過と金融引き締め政策

過去ブログのどこかに、あるコメンターの返信としてこのようなことを書いた。

近代化を行うには、まず銀行の設立が必要です。でなければ、資金が調達できず、何もできません。しかし、日本はその前に日本の紙幣を朝鮮人に使わせ、税を徴収しました。おかげで朝鮮の貨幣は、急落し、近代化の道をたたれています。日本が朝鮮に貨幣を使わせることで、近代化の道が完全にたたれてしまったのです。 ~ 日本は朝鮮に力を貸す気が本当にあったのかどうかと疑いたくもなります。  ~ まず銀行がなければ近代化は不可能です。富を集める装置がなければ、何も投資できない。やろうにも公共投資ができないのです。富国強兵政策もでいない。

この私のコメントを裏付けてくれるような内容が、またもや、武田氏の本の中に取り上げられていた。武田氏のコメントは赤文字で示す。

武田氏いわく
「近代化を成し遂げるためには、安定した金融システムが必要。 ~ 明治政府ができたとき、すでに国際社会に通用する近代的な金融制度を整備することは急務だった。 ~ 富国強兵だの、殖産興業だのと掛け声を掛けても、信用のおける通貨がなければ、そんなことは不可能。殖産興業のためには、安定的で潤沢な金融が不可欠である。「信用」のある通貨を広く流通させる必要がある。」

ましてや、朝鮮に近代化を与えるなど夢のまた夢。日本が朝鮮を踏みにじり、近代化の仲間入りを果たせてようやく、近代化を与えることができる。ゆえに7奪しなければ、7恩を与えることは絶対に不可能だ。ところが、日本は近代化を手助けするのではなく、飲み込んでしまったのだ。近代化を手助けするなら、侵略ではないが、近代化を与えれば、それは侵略である。

1871年 ドイツ金本位制に移行することにより銀暴落
1872年 国立銀行設立(銀本位制)
1877年 西南戦争
1878年 輸入超過問題、正貨枯渇問題、インフレが深刻、日本銀行の創設話が浮上
1879年 日本銀行の必要性の論文が発表される
1882年 日本銀行設立
1883年 神宮皇后紙幣発行

まず、銀行ですが、明治維新発足の頃、この[銀行」と言う言葉、実は「金行」と言う言葉にしようか、悩んだそうです。日本は、西欧列強に金を割安で流出していたことは過去ブログで述べた。詳しくは、武田氏の本をどうぞ。

日本は金が大量に流出したため、金本位制の紙幣を発行することは不可能だった。しかし、メキシコ銀が大量に日本に流入したため、銀本位制の紙幣を発行することはできた。そこで、「金行」ではなく、「銀行」という名にしたそうだ。

銀本位制をとっていた明治新政府は「政府紙幣はいずれ正貨と兌換する」とウソを言い続けていました。しかし、正貨が無かった。当たり前です。江戸幕府の頃から日本の金は大量に流出していたのですから。当然ながら、「やっぱり正貨とは兌換しない」ということになれば、たちまち紙幣の安定は崩れる。紙幣の信用がなくなれば、たちまちインフレに陥る。

どうあがいても正貨を大量に準備する術がない。このままの状態が続けば、金融制度は破綻しかねない。そこへ西南戦争がおきた。西南戦争の出費は大きな打撃となった。西南戦争の軍費は、4200万円。当時の歳入規模は、5200万円。約80%も占めた。しかも、西南戦争で不兌換紙幣が濫発されており、戦争で儲かった商人たちが多額の通貨を持っていた。その通貨で、外国から大量の輸入品を買っていた。つまり輸入超過に陥っていたのだ。ますます正貨が必要になった。

この頃、欧米では、イギリスが金本位制を取り入れ、他の諸国にもそれに追随しようとしていた。金こそが、「貨幣価値の基準」になろうとしていた。

銀本位制を取らざるを得なかった日本政府は、欧米列強との商取引が始まると、システムの不備が表面化した。

金本位制の国と、銀本位制の国が貿易をする場合、金銀の交換比率の変動により、貿易が不安定になりやすい。日本は幕末からこの金銀交換比率の変動で悩まされてきた。それが続いている状態である。さらに、1871年、ドイツが金本位制に移行したために、銀の価格が暴落し、これまた日本の金が流出するという事態も起きていた。これでは国際的に信用されない。

銀の価格が下がれば、輸入品は割り高になる。欧米の工業製品が必要だった当時の日本では、輸入超過に悩まされていたため、銀貨の暴落は不利に働いたのだ。

輸入超過で悩まされていた日本政府は、近代化に成功するには、なんとしても銀本位制から金本位制に移行する必要があると悟った。

国民が外国商品を買うときには、日本の通貨でも買える。しかし、国家同士の輸出入の帳尻合わせは、最終的に「正貨」で行われる。この時期は大幅な輸入超過が続き、正貨が急激に流出していた。

もともと正貨の保有量が非常に少ない上に、輸入超過が深刻になるものだから、日本経済は大変な状況になりつつあった。輸出は増えておらず、貿易赤字が膨らんでいた。このままでは日本の正貨は本当に枯渇してしまう。正貨が枯渇すれば金融システムが崩れ、最悪の場合には国家経済が破綻してしまう。このまま正貨が流通すれば、日本は貿易ができなくなり、決済不足のために、外国から土地や課税権を取られるなど、経済的な侵略を受ける可能性もあった。

通貨が増えすぎて、その価値が下落し、外債を返済しにくくなっている。この状況でさらに外債を募集すれば後で大変なことになる。世の中の通貨をすべて兌換紙幣にして、通貨価値を安定させなければならない。そのためには、5年かけて膨張した不兌換紙幣を回収し、正貨を蓄積すべき。国際信用力を取り戻すためにも。松方は、金融引き締め政策を取った。

1882年ついに、日本銀行が設立された。国庫金はそれまで三井銀行、安田銀行などが、取り扱っていた。その権益を取り上げ、日本銀行に独占させた。

輸出業者が輸出を行ってその代金を得るまでには長い時間がかかる。しかし、横浜正金銀行の海外荷為替を使えば、輸出した時点で、代金分の紙幣を借りられる。その紙幣を使って、次の仕入を行えば、はやいサイクルで商売をすることができる。松方財政の影響で輸入が減少したため輸出超過となった。

松方の金融引き締め政策と日本銀行設立によって、輸出超過となった。松方のおかげで悩まされてきた輸入超過が解消された。それでも、兌換紙幣を発行するためには、その分の正貨を準備しなければならない。松方の政策でも正貨が集まらない。どうあがいても、集まらない。当たり前である。無いものは無いのだ。無いものは、誰かに恵んでもらうしかない。しかし、快く日本のために正貨をさし上げます。なんて国がどこにあるというのだろうか・・・。

さて。①~④まで、やっと載せたが、正直、これらの記事はどうでもいい。①~④の記事は、私の考えが、独りよがりな考えではないということを示したかっただけだ。そして、明日、お話しする
「中国打倒なくして大日本帝国は無い!」に説得力を持たせるための記事に過ぎない。ですので①~④の記事は、別に読まなくてもよい。肝心な記事は、明日だ。


「中国打倒なくして大日本帝国は無い!」

参考文献
史上最大の経済改革”明治維新” 武田 知弘著