夜のクラブに働きに行き1ヶ月が過ぎた頃、少しずつ夜の、お仕事にも慣れてきました。
でも昼間の仕事の最中に眠気が襲う時は多々ありました。
息子と過ごす時間は昼間の会社が休みの土曜日の夕方までと日曜日だけになり、それが一番、辛かったです。
ママは私が昼間、働いているから残業になるお席には絶対に付けない様に配慮して下さいました。
私は夜の7時30分から11時30分迄が勤務時間でした。
夜の0時になると店内の照明が明るくなり、それが、お客様にお店が閉店になるますとの、お知らせになります。
私は、いつも0時前には帰宅出来るお席に付いていたのでママの気遣いが本当に有り難かったです。
帰宅すると、既に眠っている息子の頭を撫でたり頬ずりしたりして息子を起こさない様にしながら息子の布団の横に入り眠りに付きました。
体は疲労でクタクタでしたから直に眠りにつけました。
ホステスさんの名前、黒服さんの名前、お客様の名前を覚えるのに必死でした。
お店には20人近いホステスさんが在席していました。
毎日、着物で出勤する当時30歳前半のお姉さんが二人。
後はスタイルの良い若手のホステスさんです。
私が働いていたクラブは当時はススキノでも有名でした。
一つは値段が高い。
もう一つは綺麗なホステスさんが揃っている。
これが有名な理由です。
お店にも慣れてお席に付いて少し余裕が出た頃、私は加奈さんを知らぬ間に目で追っていました。
どのお席に呼ばれても明るく振る舞い笑顔の素敵な女性。
多分お店のナンバーワンだったと思います。
そしてとてもお洒落な装い。
決して派手な服装では無く品のある装い。
6卓あるテーブル席の殆どに加奈さんは呼ばれて付いていました。
私は27歳でしたが一番下、入りたてのホステスです。
クラブでは年齢が若くても入店が早ければ私よりお姉さんになります。
加奈さんのお客様は若手の今で言う起業家や実業家が多く加奈さんの洗練されたスタイルと話術で彼女がいるお席は花が咲いた様に明るく華やかに見えました。
引受けも沢山、持っていましたから毎日の様に同伴出勤でした。
同伴出勤は夜の9時迄にお店に入ります。
お店が終わるとアフターと言って、お客様と一緒にスナックや食事に繰り出します。
私は
「聞かザル言わザル見ザル」
を徹底して働いていたので、加奈さんの経歴や年齢は知りません。
お店で見る加奈さんしか知りません。
とにかくモテたのだけは今でも覚えています。
私が加奈さんのお客様のアフターにお付き合いした時、加奈さんに惚れていたと思われる焼肉屋の跡取り息子さんが加奈さんを見つめながら愛の歌をカラオケで唄っていました。
それは決まって
安全地帯の「恋の予感」
だ
なぜ なぜ あなたは
きれいになりたいの?
その目を誰もが
見つめてくれないの?
夜は気ままに あなたを躍らせるだけ
恋の予感が ただかけぬけるだけ
なぜ なぜ あなたは
「好きだ」といえないの?
届かぬ想いが
夜空にゆれたまま
風は気まぐれ あなたを惑わせるだけ
恋の予感が ただかけぬけるだけ
誰かを待っても
どんなに待っても
あなたは今夜も
星のあいだを さまよい流されるだけ
夢のつづきを またみせられるだけ
風は気まぐれ あなたを惑わせるだけ
恋の予感が ただかけぬけるだけ
(歌詞ネット参照)
彼が加奈さんを見つめながら唄う恋の予感。
加奈さんは恥ずかしそうに、うつむきながら時折、唄う彼を見つめる。
素敵な二人に見えました。
でも加奈さんは彼が本命では、ありませんでした。
それを知っている私は唄う彼を切ない気持ちで見ていました。
加奈さんには本命の人がいました。
お席に付いていると、加奈さんの気持ちが伝わります。
クラブはある意味、模擬恋愛の場です。
お客様が気に入ったホステスさんを側に置き、時にはプレゼントを渡し喜ぶ顔を見て、同伴で二人で食事を楽しんでからお店に来ます。
そのホステスさんが引受けのお客様が来なければ、又、ヘルプで違うお席に呼ばれ無ければ、その日は好きなホステスさんを独占出来ます。
限られた数時間の模擬恋愛。
私は、その様に見ていました。
ホステスさんは、お仕事をしている場ですから客あしらいは上手です。
その気にさせて、その気持だけを、どれだけ引っ張れるか。
テクニックが必須です。
男性の気持ちを自分の方に引き寄せて、でも私に会うのはお店の中だけよ。これが出来るとナンバーワンになれると私は学びました。
男性客と直に肉体関係を持つと男性客はお店に来なくなります。外でデートが出来るから、わざわざ高いお金を払ってお店まで来なくて済みます。
ママは徹底して、それは駄目だとホステスさんに教育していました。
一流のホステスになるのは肉体関係を持たずに、どれだけお店に通わせるか。
私が知った
「やらずボッタクリ」
の精神です。
言葉は汚いですが、現実に一流のホステスさんは「やらずボッタクリ」を貫いていました。
水商売の鉄則だと教え込まれました。
加奈さんの本命の彼は見た感じは少し、やんちゃなで派手なイメージでしたが若くてお金の持っている男性でした。
他のお席では見せない加奈さんの顔を私は知っていました。
加奈さんはお仕事では無くて彼が来てくれた事を体全身で喜びその感情を表していました。
その日は、いつに増して忙しい日でした。
加奈さんが
「大変だわ、どうしよう」
と言いながら更衣室に入って来ました。
たまたま私は更衣室にいました。
手には小さな宝石箱を握っていました。
加奈さんは、その箱を開けました。
中には輝く美しいダイヤの指輪が入っていました。
それを見た加奈さんは嬉しそうにしていましたが、
「どうしよう」
と困惑していました。
何が起きたのか?
私にはわかりませんでした。
詮索は良くないので聞けませんでした。
加奈さんは暫く
「どうしよう」
と言葉に出しながら悩み気持ちを決めたのでしょう。
頂いた指輪を加奈さんの白くて長い指にはめて更衣室から出て行き、お席に戻りました。
私が夜のお店を辞めてからススキノの道でバッタリ会った当時のお店の黒服さんから聞いた話では、加奈さんは指輪を貰った加奈さんの本命の人と結婚して子供を一人産んだそうです。
しかし、彼はヤクザだったらしく外に何人も女性がいて生活費も入れなくなり苦労して離婚。
その後の加奈さんの消息はわからないと聞きました。
その話を聞いて私は悲しくなりました。
クラブで、あんなに輝いていた加奈さん。
笑顔が素敵で明るくて誰からも愛されていた加奈さん。
苦労とは無縁に見えた加奈さん。
加奈さんを好きで通っていた焼肉屋の跡取り息子さんと結ばれていたら違う人生だったかもと彼が唄っていた安全地帯の恋の予感の歌詞が頭の中に浮かびました。
風はきまぐれ あなたを惑わせるだけ
星のあいだを さまよい流されるだけ
加奈さんは風に惑わされ星のあいだを、さまよい流された人生だったのでしょうか?
多分、加奈さんは私より2歳くらい年上だったと思います。
今お元気なら68歳。
私は、その後、沢山のホステスさんをススキノで見てきましたが加奈さんの様に素敵なホステスさんに出会った事はありません。
お元気なら幸せに暮していて欲しいと心から願っています。
次はクラブの黒服さんの話を少し綴ります。
−話は続きます−
私は前期高齢者になってからアディダスのTシャツを着る様になりました。
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