私は結婚後、自分の子供が欲しくてたまりませんでした。
妊娠を知った日の喜びは今でも覚えています。
つわりも無くて大きくなったお腹を擦りながら
「親孝行ね」
と何度もお腹の赤ちゃんに話しかけました。
母は良く話していました。
「〇〇早く産まれて来て欲しいでしょう。でもね身が二つになってからが大変なのよ」
と。
初めての出産。何も知識はありません。
母の言葉の意味すら私にはわかりませんでした。
予定日より早く破水して急ぎ産婦人科に向かいました。
その日は母が一泊で留守にしていて会社にいるはずの夫は会社を休んでいて連絡が取れませんでした。
(これが後に離婚の原因になりました)
髪を掻きむしる程の陣痛に耐えて産まれたのは男の子でした。
産婦人科では
「初産にしては安産だわ」
と看護師さん達に言われましたが髪を掻きむしる程、私は痛みと戦った後に言われた言葉が信じられませんでした。
予定日より早く産まれた息子は
2610グラムの小さな赤ちゃんでした。
我が子を抱き母の待つマンションに戻りました。
母が知らせたのか?
今は、わからないのですが、
出産して一週間が過ぎた頃
マンションに知らない男性が訪ねて来ました。
「〇〇さんですか?この度はおめでとうございます。お父様から預かって来ました」
その男性は沢山のご祝儀袋を抱えていました。
手から、はみ出し今にも落ちそうな沢山の立派な、ご祝儀袋を私に差し出すと静かにドアを閉めました。
私は余りにも沢山のご祝儀袋に驚き、直に父に電話しました。
「パパ、〇〇です。今、沢山のご祝儀袋が届いたんだけど」
父は
「パパの知人からだから受け取りなさい」
と。
ご祝儀袋が何枚あったか今は忘れましたが、私に会った事も無い方からのお祝い。
金額は100万円は超えていました。
その額に驚きました。
義理で生きているヤクザの父。
父の周りの人達も同じく義理で生きているのだと知りました。
それから頻繁に父が訪ねて来ました。
−話は続きます−