迷宮百年の睡魔
85点。いきなり核心に触れます。百年の間、外部に様子が伝えられたことのない宮殿より取材許可を得て、伝説の島を訪れたミチルとウォーカロンのロイディ。一夜にして海に囲まれたと言い伝えられる島には、座標システムも機能しない迷宮の街が広がり、かつて会った女性に酷似した女王がいた。(Amaz〇nより)全3部作の2作目。本格ミステリーではない。哲学は永遠のテーマですが、今は私の中でブームじゃないので、これにも触れず。ということで、裏設定への考察から。女王、メグツシュカ・スホ。デボウ・スホの生き写し。どうやらデボウがメグツシュカのクローンらしい(もちろんアキラになる前のミチルもクローン)。彼女の第1印象は、一言で言うと「高潔」。その言動から、「瀬在丸紅子」を連想させる。しかし、終盤。彼女はミチルに、「生きていて欲しい」と嘆願した。その様は、まさに「母親」。そう。彼女こそが、真賀田四季なのである(彼女の脳がそこにあるのかは別問題だが)。もちろん推測である。が、「パトリシア」というウォーカロンは四季「冬」にも登場する。さらにもう一歩。これは前作に対してだが、ルナティック・シティの「神」は、久慈昌山なのではないかという疑惑。(久慈本人ではなく、彼の弟子である可能性もあるが…)四季「冬」で描かれた会話の中、「もっとも単純な感情とは何か?」と四季は問う。これに対し、久慈は「悲しみ」だと答える。だから記憶に鮮明に残るのだと。四季はこれを否定し、それは最も複雑な感情なのではないかと返す。さらには、そこに生命の鍵があるのでは?と。この啓示を受けて、久慈は「あること」を思いつく。「死=悲しみ」の無い社会。まるで、かの街のようではないだろうか?(う~ん、無理があるかなあ・・・)ということは、久慈はメグツシュカ=四季のクローンであるデボウを娶ったってことだよね。何か歪んだ愛情が垣間見えて・・・キモチワルイ。(投稿翌日の追記)「神=久慈説」は嘘ですね。ルナティック・シティの神は、ミチルを「女」と勘違いしてましたから。神=久慈ならばミチルがアキラの躯を使っている事を知っているはずですからね。以上