入学許可を得ました。入試というよりは事務手続き的な感じでしたが、一応エッセー・レジュメ・推薦状2通・大学の成績など総合的な勘案のもとの入学許可というテイになっています。卒業基準が厳しくいくつか「良」(秀・優・良・可・不可)をとってしまうとソッコーでクビになるシステム。ちょっと厳しすぎる気が・・・。とにかくやるしかありません。


まずはお金を支払うか。
友人を誘ったらともに学ぶことになった。彼の友人もさらに招いたそう。同じような志を持った人が他にも40名近く、同じタイミングで学びをスタートすることになる。果たしてどのような出会いがあるのだろうか。楽しみ。

友人とは事業プランを一緒に練りながら学ぼうと思う。仕事 x 学び x 事業計画を合わせることでそれぞれ3つとも最大化させることが狙い。

仕事でも学びをシェアできる仕組みを作って、社内で志のある人たちと勉強会を開きたいと思う。



人生はリアルに日々進んでいる。
アカウンティング
ファイナンス
統計学
のインプット部分をひたすら行っている。

経営戦略
マーケティング
組織
リーダーシップ
イノベーション
オペレーション
に関するインプットも可能な限り行いたい。

と、同時にアカウンティング・ファイナンス・統計学については応用的な内容も少し前もってインプットできればと学習を進めている。

そんな私流Pre MBA。スクールが始まってから初めてインプットしてたんじゃせっかくの授業がもったいない。本でできることは早めに独習。
誰も「仮に」「練習で」生きているわけではない。

こんなこと書かれると嫌な気を起こす人がいるかも知れない。しかし、人は一旦生まれたらひらすら「死」に向かって一直線に走っている。直視したくないから「死」を「いつかあること」として収めている。本能として当然だと思う。長い一生の毎日毎日をリアルに感じず「いつか」の本番のための準備に使ってしまう。自分の人生の大半がそんな感じのように思えて残念でならない。

それじゃだめだと分かっている。それでもリアルに生きることはなかなか難しい。先日祖父が他界した。人の死は残酷でやりきれない。その一方、命の尊さを感じざるを得ない。有り難きこの人生。先祖代々によって生み出されたこの人生。準備ばかりして終わってしまったら何にもならんではないか。

自分は今生きている。しっかり自分を生きているか?毎日毎日を大切に、無駄な時間は排除し、自分が大切だと思うことに時間を使う。そうすれば死んだおじいちゃんに誇って会いに行ける気がする、いつの日にか。
自分の核心部分の話。


Sing "nature" with liberal mind and professionalism.
「学ぶことは、誠実を胸に刻むこと」小学校の担任が残した言葉がなぜかずっと残っています。

「なんでも一生懸命真面目にやればよい」というのが小さい頃からの染み入っている古臭い、しかし究極の教え。

Billy JoelのHonestyを大学受験直前の授業で流し、突然涙を流した予備校の英語教師。「真の誠実さは孤独に決まっている。誰もが不誠実な世の中なのだから。⇒でも不誠実な集団よりは誠実な孤独のほうがまし。」このように解釈しています。

"Good Judgement comes from Experience. Experience comes from Bad Judgement"これは19歳のときに出会った自分の金言。自分に合っていると思い、Vancouverで木彫りの土産物を買った記憶があります。



自分の判断軸を持つというのは決してオリジナルで奇抜な判断軸である必要はありません。何らかの流派に重きを置くことでも無いしこだわりポイントでもありません。当たり前の、妥当な考え方と行動をすれば良かったんです。ぬるい関係性だろうが正しくないことは正しくないとはっきり言うこと。そうしないと、むしろ良い師弟関係なんかも作れない。

ちょっと失敗してしまった。基本に立ち返り、自分の大切にしていることと向き合おう。
決断。

申し込みました。さっそく推薦状を依頼し、キャリア経歴書やエッセーの準備。

入学まではアカウンティング、ファイナンス、統計など知識系の科目は網羅的にインプットする。戦略、マーケティング、組織、リーダーシップ等も知識として必要な部分を事前獲得する。そうしておくことで、学びの効率を上げるとともに、血肉に染み渡るように反芻できる。結果、実践で役立つ学びに繋がると思う。

その間にも事業構想は暇を見つけて考えてノートに蓄積。卒業までに100くらいネタを考えられれば。

これまでの学校と違って、学んだことを社会で利益的に実践できて初めて価値が出る。学術的要素は排除。それを念頭に置くこと。
「じりつ」した姿とは何なのか?

具体的成功として
①起業して経営者をやっている
②会社で経営陣をやっている
かつ、副業による継続的な収入を得ている
しかも、オケと子育ても現在と同等の時間を割くことができている

というところをイメージしている。36歳中にMBA終了し、36-37歳では何らかの動きが必須。よく「何かやりたいこととか、貢献したい産業とか、興味のある分野って何?そこで攻めないの?」と聞かれるけどリベラルアーツの使徒はそこに大きな拘りを持たない場合が多い。いくつか事業ネタは温めているけど、ハードを決めてかかることはあまりない(もしあるとしたら趣味の音楽くらい)。

個人的に、見えないソフト部分のクリエイティビティ・フレキリビリティに興味があるし、現代社会的にも、ポータブルスキルの必要性は増している。現代日本侍の『志』に備わる『刀』は、そういうものであるべきなのだ。


*そうなるとカリキュラム的・応募者的にアントレプレナーシップの強い某GやBやBの方がよいのかとも思うが、自分のスタイル的にはMがピンと来ている。
MBAとは言わずと知れた経営学修士。経営学やビジネスって言葉を聞くと、お金儲けや企業経営といった限定的な見方をしてしまうかも知れないけど、もう少し大きな目で見ると、現代を生きる上で最も普遍的な処世術と言える。

今の世の中で食っていくためには、ビジネスを作って、うまく回すことが必要なのだ。どんな領域であれ、何らかのインプットをもとに個人や組織がアウトプットを出すプロセスが存在する。MBAホルダーはこの部分のプロなのだ。

基礎研究や学術的意義よりもいかに日々の飯に直結するかが重視される。純粋な科学としては不完全である。他の学問分野と比べ比較的新しい方だが、猛烈な勢いでここ数十年で体系化され、大学に参入し学位として認定されるほどのプレゼンスを獲得した。ともすればMBAは商業高校的な存在感だったかも知れない。

いまだ悪戦苦闘しながら発展途上であるため、体系化された知を確実に再利用できるほどの精度は無い。しかし、その精度は高まっているはずである。少しでも空振りを減らし、ポテンヒットでもいいからとにかく安打できる確率を上げることを目指す。伝統的な学問領域の殻を破って現代人が新たに生み出した斬新で創造的な領域こそが経営学なのだと思う。

MBAを「実利本位の浅はかな知識体系。洗脳された人々のお金の使い処。学問ではない。」と批判するのは簡単である。何を隠そう、自分自身がそのような反MBAを唱えていた。本来そんな人間がMBA挑戦しようなんてちゃんちゃらおかしいことなのだ。僕は大学時代リベラルアーツを学びその素地を武器に社会に出た。学びに対する感度や柔軟性は強みとして持っている。社会では、闇雲に経験値だけで戦っている人と、必死に日々を科学的アプローチで分析して論理力・想像力を最大化し人間ならではのIntelligenceを活かしながら戦っている人とがいると分かった。

社会での生活をさらに高みまで昇華させ、豊かで安らかな気持ちで「ブダ王宮」を再訪したい(記号論的な意味もある)という夢がある。そのために、自分に身に着けるべき次のIntelligenceが何かと考えたとき、皮肉にも忌嫌っていたMBAという結論に至ったのである。


*今日で全ての候補先との個別相談が終わった。また一つ行動が具体化されていく…。
やる!となったものの、次に考えることがある。いつ?どこで?どうやって?学ぶのか。計画的にあらねばならない。

①いつ?
今。これから申し込んで4月始まりといったところかなと思う。3月まではグロービスの単科講座もあるし、既に予定されている海外出張、ちょっと難易度の高い統計講座、2日間にわたる会社キックオフなど盛りだくさんなので、4月からでちょうど良い。

②どこで?
distance MBA。会社辞めないので留学は無し、国内平日通学型も無し、国内夜間土日通学型も子守が豊潤にあるので無し。つまり時間の制約があまりにも多く、指定された時間枠での授業があるMBAクラスは卒業不可なのだ。そうなるとオンラインMBA、いわゆるdistance MBAと呼ばれるモノにしかフォーカスはいかない。そもそも、この話に現実味があるのはdistance MBAの存在あったこそなのだ。話の端緒と言っても良い。学び舎は色々比較検討している。日本の学校及び日本に事務局がある海外の学校だとビジネスブレイクスルー、グロービス、ウェールズ、マサチューセッツ、ボンド、オープンの6つになる。個人的には第1候補マサチューセッツ、第2候補ボンドかなと。それぞれ個別カウンセリングして決めていきます。

↓全然読めないけど、これ比較表ね。。。


③どうやって?
批判を恐れず言うと「がんばってやる」という回答。はっきり言って勉強に取れる時間が少ない。だいたい週15-20時間くらい勉強してねと書いてあるけど、仕事、子守、オケ、交友などベースの活動でかなり時間を取られてしまう。特に子供要因はキツい。もう一人できるかもしれない、むしろ、そろそろ欲しい。子供に割く時間は半端ないのだ。オケや交友はもちろん多少減らしていくとしても、子供との時間は減らしたくない。だから切り替えが大事だ。勉強の時間は作り出すしかない。ちょっと早く起きる、移動の時間に勉強する、仕事が終わったら勉強する、だらっとしている時間は勉強にあてる、そういう小さな積み重ねで週15-20時間を生み出していくしかない。


いずれにしても、何か月後かに動き出すことはほぼ間違いないので上司や大学の先生にレターを書いてもらうべく打診をしておく。そしてこの冬休み中にエッセーや履歴書など自分の作業は終わらせておく。