月と蟹 著者:道尾秀介 出版社:文藝春秋 出版年:2010914日 評価:☆☆☆☆ 完了日:2015122日 ラベル:サスペンスメラメラ

 
 
 
 
 
 
 
 

 

「ヤドカミ様、ヤドカミ様。どうか願いを叶えてください」

 
 

 

 2011年直木賞受賞作。解説は伊集院静(作家)。

 

 

 

 

 

 

小学5年生の慎一。父が勤める会社が倒産したのを機に、父の実家がある神奈川県の海辺の街にやって来た。その後、父は他界し、今は祖父・昭三と母親の三人で暮らしている。

 

 

昭和の匂いがする。まだ美空ひばりが生きていて、500円玉硬貨が出回り始めた頃の時代。

 
 
 

 

 

クラスメイトで慎一と同じ転校生組の春也。彼の家族の話を聞くと、鼻の奥がツンとしてくる。なんでもないことのように語っているが、切実だ。

 
 

慎一が転校してくる前、昭三が起こした事故のせいで慎一はクラスメイトたちから疎遠にされていた。その事故のことをよく知らない春也だけが友達だった。

 

 

 

 

 

海に仕掛けた罠を放課後、見に行くのが彼らの毎日の遊び。

ある日、慎一たちは山道探検で岩にへこみがあるのを見つける。そこで、このへこみにつかまえた魚たちを入れて飼ってみようぜ、ということになった。

 

 

自分のあずかり知らぬところで、いろんなことが起きている。動いている。いつも見慣れていたはずの人や物事が今日になると違って見える。変わってしまったのは、相手なのか、自分なのか。それとも、その両方なのか・・・・。

 

 

 

 

 

慎一たちはある遊びを思いつく。それは、つかまえたヤドカリを神様に見立て、願い事をするという他愛ないものだ。初めは面白半分でやっていたが、願い事が偶然(?)にも叶ってしまったことから、やがて願い事あそびは真剣なものへと変わっていく。

 

 

彼らがヤドカリに対してやってることは、残酷だとして大人たちは眉をひそめるだろうか。よくやる、よくやる。子どもだったら、それくらいよくやるよ。自分だってやってたよ。ヤドカリじゃなくカエルだったけど。

 

 

 

 

 

その時は絶対うまくいくと思っていたが、実際にはすべてが裏目に出てしまう。所詮は子どもの浅知恵よ。うまくいかない。全部ぶちまけてしまいたい気にもなるが、それもできない。しちゃいけない。それこそ本当に崩壊してしまうから。己の胸の内に堪えようとする姿に心がキュッとなる。難しいね。

 

 

言葉って難しい。こんな時、どんな言葉を掛けてやればいいのか分からない。こんなにも思いはあふれ出しそうになっているのに、その状況に合った適切な言葉が見つからない。語彙が少ない子どもなら尚更だ。

 

 

 

 

 

クラスメイトの葉山鳴海。春也以外で唯一、慎一に話しかけてきてくれる稀有な存在。だが、彼女は昭三が起こした事故の被害者側だった。

 

 

慎一と鳴海の関係性もまた変わっていく。揺らいでいく。慎一の鳴海に対する感情がなんと言っていいものか分からずモヤモヤする。恋心と言っていいほど明確なものではなく、ひどく不安定だ。

 

 

思春期にはまだちょっと早いけど、それの一歩手前ぐらいにいる慎一の心模様が刻々と変わっていくのが分かる。ちょっと間違えれば、悪事に手を染めてしまいそうな危うさも見え隠れする。人が道を誤るか否かの分岐点における心境はこんな感じなのかもしれない。

 

 

昭三のあの一言が、慎一を止めてくれないだろうか。とどまってくれないだろうか。そう願いながら読み進める。どこへ行こうというのだ、君は。

 

 

 

 

 

人はやさしい顔ばかりしていられない。時には、他人に対して酷く意地悪いことをしてみたい、困らせてやりたいと思うこともある。こうした感情の発露はどこからやってくるのだろうか。そうやってサディスティックになることで、相手よりも優位になりたい、優越感を得たいと思っているのかもしれない。

 

 

ダメだ!その願い事だけはしちゃいけない。それをしてしまったが最後、君は・・・・。

 

 

 

 

 

過激の度合いは違うが、貴志祐介『青の炎』と似た匂いを感じる。

 

 

気分が高揚し、絶頂にあったあの瞬間から、一気に冷や水を浴びせられたかのように心の奥底がスッと冷えていくあの描写の空恐ろしさよ。ホラー映像並みのものを観たような気がした。

 

 

 

 

 

春也と彼の父親の関係。ラスト近くで彼はああ言っていたけど、その日は案外早く来るものだ。子どもはいつまでも子どもじゃないし、あんなに怖かった父親もいつしか老いていく。その瞬間を目の当たりにしたらしたで、一抹の寂しさを感じることだろう。哀しくなることだろう。