$縮まらない『何か』を僕らは知っている-七尾旅人

20世紀最後を飾る「19歳の天才少年」降臨!

これは現実に根ざした幻覚だから。夢は必ず醒めるんですよね。それに、空想100%が本当に幸せだったら、それでもいいけど、でも、誰かしら接触したくてたまんないわけですよ。それで、夢から醒めた後のことも淡々と書きたかったのかもしれない

アパシー、自己嫌悪、恐怖、怒り、哀しみ、後悔、疎外感、痛み、不安、歓喜、安堵――ありとあらゆるエモーションの坩堝が、見たこともない極彩色と見たこともない不思議な輪郭と見たこともない音と共に、どしゃぶりの雨のように降り注ぐ。
19歳のありきたりの天才少年=七尾旅人が体験した「幻想と現実の地獄巡り」の領域を遥かに越え、音楽的奇跡にまで到達した画期的傑作『雨に撃たえば...!disc2』、この命の波動を絶対に受け止めろ!



$縮まらない『何か』を僕らは知っている-雨に撃たえば...!disc2
雨に撃たえば...!disc2/七尾旅人 (1999)

1. 最低なれピンクパンク...!
2. ココロはこうして売るの(2)
3. 『男娼ネリ』第19夜シーン8
4. ルイノン (9May’99)
5. オーギュ,空を撃つ。
6. 萌の歯
7. ガリバー2
8. コナツ最後の日々。
9. 「思いつき!思いつき!!」なに?「キャトル・ミューティれるの。」
10. バニフォー おもちゃ工場の連中だよ! ~露コナツ最初の日~
11. コーナー
12. 左腕◇ポエジー


■世界はまたひとつ、とんでもない才能を発見した。七尾旅人。20歳の誕生日を待たずしてリリースされるデビュー・アルバム『雨に撃たえば...!disc2』。ここではピクシーズ~ニルヴァーナ以降のアメリカン・オルタナティブ、エイフェックス・ツイン以降のベッドルーム・ドラムンベース、ヨーロッパ的陰惨さや刹那を湛えたフレンチ・ポップスやラウンジ・ジャズ――さまざまな異形のサウンドが混ざり合い、分裂症的なまでにコロコロと姿形を変え、天使と爬虫類の間を行ったり来たりする少年の声が、さまざまな悲鳴や哀しい独り言や慎ましやかな喜びの呟きを聴かせてくれる。そう、このアルバムでは、命が、そして、細胞のひとつひとつが歌っている。■“最低なれピンクパンク...!”というアルバム冒頭の「社会不適応野郎宣言」を出発点として、常に不穏な空気を漂わせ、冷徹な現実との摩擦とそこから産み落とされた哀しみと傷と悪意を克明に刻み込んだアルバム前半。それはグリム童話も手塚治虫も真っ青の、残酷な悪夢ととろけるような夢が交錯しあうグロテスクな美しさを湛えたファンタジー・ワールドだ。そして、中盤、10分以上にも及ぶ大作“ガリバー2”から、希有の名曲“コナツ最後の日々。”を経て、悲しみと恐怖と痛みは限界に達し、その後、アルバムはゆっくりと安堵と不安が静かに混ざり合う、ぎこちない現実世界へと降り立っていく。そして、その眩いばかりの光景――アルバムの10曲目に収められた“バニフォー おもちゃ工場の連中だよ! ~露コナツ最初の日~”なるナンバーの信じ難いほどにファンタジックで、奇跡的な美しさはどうだ!?魔法だ。ここには魔法がある。■アルバムのテーマは、人を愛すること――そして、そんな普遍的な必然に伴なう、痛み、恐怖、歓喜、哀しみ、疎外感、アパシー、安らぎ、苛立ち、自己嫌悪、不安といった、すべてのエモーションがアルバム全編に亙って渦巻いている。そして、世界から不条理にも突き付けられた、さまざまな負債をそのまま受け取った過敏すぎる19歳の少年の物語は、最後の最後には不思議な穏やかさに辿り着く。そう、冷たい瞳で、胸元にナイフを隠したまま、世界のすべてに復讐を誓っていたはずの19歳の少年が辿り着いたのは、とても不器用なツギハギだらけの笑顔だった。■「好きな娘を抱きしめてても、何の感触もない。それはすごく痛いし、キツイ」と語っていた少年が、最後には小動物が産み落とされた時に発したかのような、か細いファルセットで「なんだかうれしくなってしまう」と歌っている。アルバムは、そんな出来過ぎともいえる見事なストーリーを奏でながらも、通底音としての不安と孤独と哀しみを最後までずっと鳴らしている。どんな光が降り注いだとしても、やっぱりイラついたまま、臆病そうな眼差しは変わらない――アルバム『雨に撃たえば...!disc2』は、そんな、どこにでもいるシンプル極まりない19歳の少年達の“今”を刻んだ傑作だ。■世界がどんな不条理や悲しみに沈んでいる時でも、誰かの寝顔や手の温かさを信じればいい。どんな闇が待っていようとも、このアルバムに刻まれた束の間の安堵忘れなければ、誰だって「撃たえる」!――このアルバムは、我々にそんな心の高ぶりを与えてくれる。人をあいすることの底なしの哀しさと喜びを体中で感じながら、決して消えない傷跡を抱えながら、それでも僕らは「キミ」にキスをする。そう、20世紀の終りに、世界はひとりの少年が最高のキスをする最高の場面を用意するのに間に合った。世界がこんなにも幸福な光景を見せてくれるなら、僕はそれと引き換えに、世界のすべての不条理をひとりで引き受けたっていい。アルバム『雨に撃たえば...!disc2』、それは我々の頭上に降り注いだ、20世紀最後の福音だ。■ (SNOOZER#014 田中宗一郎)