なぜ最愛のパートナーにたいして



そんなんじゃ


別れるよ、とか絶交するよ



という言葉になるのか。




それは普段自分にしているからなのかもしれない。



普段の思考回路はネガティブで


つらいことや苦しいことがあると


早く死にたいな、


と自分を消滅することを考えている。




普段の思考回路が


超最悪の事態を考える癖になっている。




また、


自分が人に愛されていないと普段思っているから


パートナーに

愛されているのか愛されていないのか日々疑っている。


そして分析力があると

普段のパートナーが自分にたいする愛情表現が違うとすぐに気づくので


愛されていないことにショックをうけている。



そのショックははかりしれない。



そのショックということは結構死活問題。


その人の愛でなんとか自分は愛されていると思えて

普段の自分をもちこたえている状態になっているからだ。



愛されていないと感じたら、すべての世界から

愛されていないと感じてしまう傾向にあるから、

そうとう苦しい。



だからそのショックを感じたものを相手に分かってほしいという思考が働くのか


相手に


別れるよっと言っている。


深い悲しみがあふれてしまう。


それだけ苦しかったんだよと伝えているのだろうか。



この苦しみの根本は


幼少期の育て方だろう。



親から愛されているのか愛されていないのか

実感することが難しかった。


そうすると普段のお友達にたいしても

自分は愛されていないのではと思っている。


だから


パートナーによって


自分は愛されているということを


はじめてに近い状態で


体験すると


そうとうの至福を感じるのだ。


だからこそ、


その愛に疑いがみえたときに


そうとうの悲しみと絶望になるのだ。


ネットショップをやることで
グッズを買ってくださる方がいて
通帳をみると色々な方たちのお名前がかいてあり


会社勤務では給料振り込みは会社名だけでしたが
こうして色々な方のお名前をみると


絵をかくことを求めらていることも実感し、
この方たちによって生かされているのだなと思い
感謝と感動の気持ちです。

あーでもない


こーでもないと


考えて



何が正しいとかどういう選択がいいのかとか


本来は決まっていないのだろうか?


ただあるのは


過去の無念をクリアすることと


達成する大きな使命をクリアすることであり


雑多なごちゃごちゃはたいしたことがないのか



それもどれもすべて前世からのクリアするべきことなのだろうか。



私は魂の性質


霊界のなぞをもっともっとたくさん知りたい。

過去にかいたブログを読み返すと


自分の未熟さが恥ずかしかったりします。


日々進化向上して

変わっていくからでしょうが


こんな未熟者の人生の使命とは


絵と文章をかいていく感じのようで


私でいいのかなって思ったりします。



もみもまれ

感情がうずまき

もがき苦しむ



これをどう感じどう癒すかは自分次第かもしれないけど


でもそういうふうに感じやすい魂といのは


決まっているように思います。


でなければ


何も問題がおきないことは


学びにならず


最初から超越した神の存在になるからです。


もみもまれ

苦しみもがき


それが人生であって、人間であって、私であって


仕方がないこと。



周りからみたら



バカらしいこと

理解されにくいことかもしれないけど



自分にとっては問題に感じだりすること。



楽観的に生きられて


人に対して許しをあたえられて


前世の自分を癒せたらと思う。



癒すためには


やはり絵にすることだ。


私のこの経験をいかしていくことに


光がある、

私自身の罪の意識。



先程かいた


前世の彼と彼の妹さんのお話。



私自身が前世で、

彼に積極的にアピールをしていれば


問題はおきづに


今のこの場所に私はいなかったかもしれませんし

うまれてこなかったかもしれません。



また、前世の妹さんも彼と結婚しなければ

運命が変わっていたかもしれません。



きっと前世の私には


積極的にはどうしてもいけない

家庭環境や、思考回路があったと思うから

どうしようもなかったことなのだと思いますし


また、


彼自身も積極的に私はいけなかったこと

積極的に来る人を選んでしまうこと


これも


どうしようもない

家庭環境や思考回路があったのかもしれません。


たとえ二人が結婚しても


私が思いをつげる行動や

何かアクションをおこしていても人生はかわったかもしれません。


この本当の思いからむきあわなかったときに


おきるたくさんの不幸や苦しみは


より悲しみや苦しみを深め

カルマとして来世にもちこしです。


苦しい時間も多いです。


今現代にできることは


わきたったことは


必ずやりとげることです。


やりとげなければ

苦しみ悲しみ、来世へのもちこし


負の連載で周りをも苦しめることになるかもです。



恐れはもつ必要なない。


恐れ以上にやり遂げないことの方が

恐ろしい結果になる。



わきたったことは


やりきらないといけない。


私自身の幸せを私がうばってはいけない。


私のわきでる思い、感情、直感を

信じて、


クリアな世界へと生きていきたい。



そして、それを周りにも伝えていって

誰かの力になれたらなと思う。

今あるもの、起きていることを受け入れる。


未来ばかりみることなく


今の幸せな環境に感謝をもつ。


今起きていることは

意味があり、神様が導いてくれているのならば


神様の意思に今をゆだねます。

悩みは永遠におとづれる。


が、


毎回、毎回


レベルがあがればレベルのあがる悩み。



悩みとは欲があるから悩むのだという。


欲がなければいいのかというと

そうではない。



悩みがあるからこそ


成長するし、モチベーションがあがる。



小さな悩みも重大かもしれない。



私は沢山学んでいきたいし成長していきたい。


あまりにも成長欲があると

今の自分をみとめないことになるから


今の自分もみとめつつ


沢山の事をしって



本当に私が叶えたい事を叶えていけるようにしていきたい!!

最近彼とトラぶった。


原因を考えてみると


やはりそれは


お互いに問題がみえてくる。


結局のところ、


身近な人というのは特に


自分が普段自分にしていることをしてしまうのだなと思った。


たとえば自分に厳しかったら、相手に対して厳しくみるし、


自分に対して自尊心が低かったら、

自分の価値が低いがゆえに自分がさがることで、相手を傷付けたり


自分にやっていることが


大切な人にたいしてやってしまうのだと思う。



本当に思うけど


どうしても自分とむきあわざるおえない。


自分を大切にしないと相手を大切にすることはむずかしい。


自分をどうしてもみなおさなくてはいけなくなる。


自分を愛する事は知っていたけど


あたらめて実感する。