前回の日記で「疲れ」について書きましたが。



昨年はまだ、息子は幼稚園に行ってなかった。
その頃の私は、どうしてたの?

と思うと、その頃の私もやはり疲れていた。
0歳より1歳
1歳より2歳
2歳より3歳
…と、楽にはなっていたけれど
やはり疲れていた。



楽になった、というのは

◎息子がいる生活に慣れた
◎年齢が上がるにつれ、意思疎通がしやすくなったり、ひとり遊びが出来るようになった
◎週イチで一時保育を利用した
◎夫の手を借りる頻度が上がった

等のハード面での変化もあるけど

息子が一歳を迎える頃に、
◎毎晩やってきた反省会をやめて
◎罪悪感を捨てる決意をした、私のソフト麺…いや、ソフト面の変化があります。






息子が生後2ヶ月を終える辺りから
「反省会」は始まった。

夜、布団に入ると

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その日1日の反省会をする。

私の笑顔が少なかった。
イライラしてしまった。
疲れてしまって、泣いてる息子を放置してしまった。

息子を可愛いと思えない。
煩わしさを感じてしまう。
母親向いてない。
母親失格。


明日が怖い。
息子とふたりになる時間が怖い。

このまま目が覚めなければいいのに。





反省会から

自分を糾弾する会に変化して

最終的には
「このまま目が覚めなければいいのに」
で、終わる会。



そんなことを寝付く直前までやってんだから




朝は

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目覚めが最悪。



今日1日のことを考えると
憂鬱で仕方がない。

そんな私でしたが、
罪悪感を全て捨て、反省会をやめる決意をしたのです。




当時は、息子が生まれる直前に亡くなった
母に対する罪悪感が強くて
(…育つ過程で身についた罪悪感と
母の看病をろくに出来なかった罪悪感)

母に対する罪悪感と、息子に対する罪悪感を
ごちゃ混ぜにして抱えていたのですが

母のことを、積極的に忘れよう、と決意。


私が母にこだわり続けることは、
誰も幸せにならないと思ったから。






母に対する罪悪感を捨てた後、
私が息子に抱えてきた罪悪感を捨てた。

今までのこともそうだし
今後、息子に怒りすぎることがあっても
それはそれで仕方がないと割り切ろう、と決めた。


子供を産むまでは
子供には、優しくありたいと思っていたし
怒りに振り回される自分が嫌いだったから

怒りを封じ込めて感じないようにして
怒りを感じたくなくて
息子からも逃げるようになってしまった。

向き合うことも怖いし
目を合わせることすら怖くて
息子に笑いかけられても、不自然な笑顔になってしまう。

常に嘘をついている気がして
罪悪感がどんどん積み重なっていく。






息子に怒ってしまう、自分を許す。
それは、すぐにはうまくいかなくて
我慢してしまって、苦しい時もあったし
我慢が溜まって怒りが爆発して怒りすぎてしまう時もあるけど

それでもいい。
それでも大丈夫。


少しずつ、「大丈夫」を積み重ねた。







「怒らない」ことを目的にしてきてしまったけど、怒らないのは無理なのだ。
自然な感情だから。

一回、ガーーーン!!パンチ!と怒ってしまって
その自分を責めなければ
怒りはほとんど引きずらない。

怒ってしまったことに対して
自分がぐちぐちと責めてるから
「怒り」にばかり捉われて
自分の感情に振り回されて。


怒りに振り回されたくないから
息子のことをいちいち見張って
あーだこーだと口を出して
結局、自分も息子もがんじがらめで窮屈になる。






自分の感情を、善悪で裁かず
冷静に振り返ってみると
怒りのパターンが父そっくりで笑えるのだ。

父は、何もないところから急に怒り出すことがあり、私はそれに戸惑ったけど
私も息子の言動を見ながら少しずつ我慢を溜めていって、急にガガーン!と怒りが爆発したりする。

息子も私のように戸惑っているのかもしれない。




嫌っていても
認めたくなくても
私にも、あるんだよねぇ。