昨日、スマスマを見てたら
これ、セルフセラピーカードっていって
つよポンとイケメン俳優たちが
登山家の野口健さんと登山してた。
野口健さんの体験談。
たぶんすごい山なんだろうけど
頂上まで残り300メートルのところで
猛吹雪に遭い、進めなくなった野口さん一行。
このまま山頂を目指すか
諦めて下山するか
1時間ほど迷って、
野口さんは下山することを決断。
一緒に登っていたパートナーは、このまま山頂を目指す、と山を登って行った。
野口さんは、下山しながら
「あいつに登頂されたらたまらない。
遭難すればいいのに」
と思っていたらしい。
遭難して、他の隊に助けられて帰って来ればいいと。
そのパートナーの遺体と、数日後に再会し
「やっぱり俺の判断は間違ってなかった」
と思った、と。
山にいると、
極限の状態になると
色んな自分が出てくる、と話していたけれど
そんな極限でも
そんな極限だからこそなのか?
「我」って手放せないものなんだなぁと
その話を聞いて思った。
私、「母親」って
滅私奉公する人だと思っていた。
私利私欲を捨てて
家族のために、子供のために尽くす。
そういうものなんだと思ってた。
それが幸せなんだと思ってた。
子供の頃、
喘息の発作が月に2度ほど出て
病院に連れて行かれた後
家でひとりで寝ていた。
母はそのまま、仕事に行ってしまう。
それがとても寂しくて、心細くて
よく泣いていた。
母を責めていた。
病気の子供を置いて仕事に行く母を責めていた。
だから余計に、
私は子供に尽くそうと思っていたのかもしれない。
今にしてみれば、
冗談じゃねぇや、ですけどね。
「我」なんて捨てられないんだ。
どんな状況になっても。
だったらとことん、「我」で生きてやれ。
今はそんな感じです。
なんか今日、ふと
息子とお風呂に入っていて思ったのだけど
私はもう結構、
「母親」としての役割、とか
そういう縛りから自由になっていたつもりだったけど
まだまだあった。
私はガチガチに自分や他者を分類する人間で
自分に対しては
女だから、
母親なんだから、
もう40代なんだから、
こうあらねば、こうしなくちゃ
そう決めておけば楽なのよね。
女としての、母親としての、40代としての
「常識」の中にいれば
何も考えずに常識内で生きてりゃいいし
そういうもんだと諦めがつくし
枠にはまってれば安心だし
他人も私をそういう人間だと思ってるし
他人から叩かれないし。
だから、他者にもそういうレッテルを貼って
「じゃあ、この人はこーいう人なのね」
と勝手に思い込んでいる。
小さい子供がいる人は
子だくさんな人は
離婚した人は
障害のある人は
貧困の人は
大変そうだな、と勝手に思ってる。
本人から聞いてもいないのに。
そう思っておけば安心なんでしょうね。
知った気になれるというか。
自分の話に戻りますが
そのために私は、「母親」としての役割を
自らに強いていました。
子供とは四六時中一緒にいるべき
極力、母乳で育てるべき
常に笑顔でいるべき
目に入れても痛くない
泣いても叫んでも愛しい
怒ってはいけない
凹んでる姿を見せてはならない
バランスの取れた食事を
部屋も子供の体も常に清潔に
正しい躾を
より良い教育を、環境を与えなければ
そう思いながら育児していた時期、
よくこのカードが出たなあ…
これ、セルフセラピーカードっていって
面白いカードなので
たまにご神託を得るために引くんだけど
その時々に合ったカードが出てきて
結構ぐさーっと来るのですよ。
このカードは「役割」というカードで
「役割」という建前の自分を演じる影で
本来の自分が泣いてる、ってカードです。
ドンピシャでしょ?
今日、またちょっと気付いたこと。
私は、子供と接する時間が
とても単調で退屈に感じてしまうんですよね。
だから、子供と遊ぶのが得意じゃない。
ひらがなとか
お絵描きとか
もう少し、教育しなきゃいけないと思いつつ
退屈だし、
自分の思い通りに、希望通りにやらないと
すぐイライラしちゃうから、
全然やってなくて
なんだかんだ、テレビばっか。
自分の考える
自分が理想としている母親じゃない自分を
ダメだなぁ
嫌だなぁ
母親向いてないなぁ
母親失格だなぁ
と思っていた。
まだまだ、自分にダメ出してたし
自分を責めてた。
夫が息子と遊んでる時間、
どうしてる?と訊いてみたら
遊んでる、っていうか
過ごしてる、って感じよ
と、これまたよく分からない回答で。
要するに
特別に何かをしているわけでもなく
ただ、一緒の時間を過ごしていて
公園でめいめいゴロゴロしてたり
息子がひとりで遊んでいる姿を
写真に撮ってみたり
そんな感じらしい。
それはそれで、息子も楽しいらしく
お父さんとのお出かけが大好きだ。
私は、そんな調子だから
息子と過ごす時間が辛くなってしまう時があり
だから当然、私は楽しくないわけで
ということは息子もきっと
楽しくないんじゃないかなぁ、と
思い込んでいたんです。
お父さんとお出かけした方が楽しいでしょ?
お母さんと一緒にいても、つまんないでしょ?
3歳の子供に拗ねて、かっこわる〜〜!!
その思考も、
私が「母親」の役割に縛られているから
理想の自分になれないことを気にやむわけで
まだまだ、私もだいぶ縛られてんだなぁと
どこか、可笑しく感じました。
どんどん手放して
我流の「かあちゃん」になるぞ。
えいえいおー。


