母の日、二部作書いた後に思ったこと。
幼稚園まで、毎朝、夫が送っていくんですが
なんかいつも、息子が
「おかーさぁぁああん!
ありがとぉぉおおおお!!」
って、自転車の後部座席から言ってくるんです。
苦節10年の演歌歌手が
レコード大賞を取って歌の間に絶叫するみたいな。
で
言ってもらえるのはありがたいけど…
言ってもらうほどのことを
した記憶がないのですよ。
朝食作るのはお父さんだしね。
息子のお弁当も、朝食のついでにお父さんが作ってるしね。
ああ…
言っちゃった…
私ね
よそのお母さんよりも
相当やってないですよ。
この連休。
4/29~5/8
私が料理した回数を言いますよ。
回数ですよ。日数じゃないです。
2回。
いや、前半ね、旅行してたしね。
とはいえ、4日間ですよ。
他の6日間もあったわけですけど
2回です。
世の中のお母さんたちが
休日は旦那も子供もいるから
1日3回作らにゃならず
一日中、台所にいる!!ちっくしょー!!
って言ってる中、2回です。
だって休日は、夫が料理担当だからぁ。
と言ってもさすがに大変だから
一回だけやったんですけど
これも多めに作ったので
2回目は温めるだけでした。
つまり、実質1回です。
普段からこんな調子なので
「お父さん、ありがとぉぉおおおお!!」
なら分かるんですけど
私が感謝される謂れがないというか
される権利がないというか
されても受け取れないというか
そんな風に思っていたんです。
でもさっき、私が母に対して
じわ~~~~~~
じわ~~~~~~
じわ~~~~~~~~~~
ありがとぉぉおおおお!!
って気持ちになった時に思ったんだけど
私、母に
「何かをしてもらったから」
感謝してるんじゃないな、と。
「してくれた」母だから、感謝してるわけじゃないんです。
家事してくれたから
世話してくれたから
産んでくれたから
育ててくれたから
守ってくれたから
愛してくれたから
感謝してるわけじゃない。
いやいや、それもあるんだけど
それだけしゃない。
それは、重要じゃないんです。
なんだろう?
言葉にしたいけど、よく分からないな。
強いて言うと「存在していてくれたこと」?
う~~ん、分からないな。
とにかく。
息子も、そうなのかもしれないな。
家事もさっぱりだし
優しくないし
遊ぶの下手だし
根気ないし
話を聞かないし
めんどくさがりだし
スマホばっか見てるし
そんな私でも
たぶん、いるだけでいいのだ。
「人は存在するだけで価値がある」
って、よく分からなかったけど
そういうこと…?
なのかな……?


