年の瀬ですな~。
11月3日の湘南国際マラソン以来、ぜーんぜん走ってないです。
あの日、ランニング熱が高まりまくって
「めざせ!ハーフマラソン!めざせ!トレイルラン!」
とか思っていたのが嘘のように静まり返ってます
その湘南国際マラソンから、
ひとつ年を取ったり
キスマイのコンサートに行ったり
ingressにはまったり
夫と息子が同時に寝込んだり
...しましたが、相変わらず楽しく暮らしております。
そして年の瀬、家族でイベントに出掛けたり、
客人を招いたりする機会があったのですが
そんな中でいろいろおもしろいことに気付きました。
先週、私の親戚の家でクリスマスパーティをしたんですが
思いがけず夕方からのイベントで、息子が不安がって
久々に場所見知りをしたのです。
普段は朝から出掛けて夕方には帰宅するようにしているので
”いつもと違う”ことに戸惑っていたようで。
その日は私と息子は妹宅に泊めてもらったのですが
旅行以外でのお泊りもほとんどしないので
楽しそうにしてるんだけど、時々不安そうに愚図ったり。
普段、ほとんど午前中に公園に行って昼過ぎに帰宅、
昼寝をして夕方の散歩、食事、風呂、就寝
というルーチンでずーっと過ごしているので
もう少しいろんな経験をさせておいた方がいいのかなぁ、とも思いました。
でも、そのルーチンは私が思った以上に大切だったことも分りました。
というより、息子にとってはそれが一番楽しく、安心出来ることだったのです。
息子が夏の終わりから外遊びをするようになって
そのルーチンをほぼ毎日繰り返して来て
楽ではあるけれど変化がなく、退屈に感じる日々。
いつもの公園と家の往復
そんな「いつもの時間」と「いつもの場所」が、
息子にとってはベストなものだということに、非日常の中で気付いたのです。
同時にそれは、私が築いてきたものでもありました。
私はあまり、自分が築いてきたものとか積み上げたものとか
成し遂げたこととか達成感とか、ほとんど実感することなく
40年程生きてきました。
部活もほとんどやってなかったし、
成績も真ん中くらい
スポーツも苦手で
仕事も転職を繰り返し、なんの実績もなく
ずっとそれがコンプレックスであり、欠乏感を感じる原因でもありました。
なので必死に「何かしなきゃ」「何かを残さなきゃ」と
勉強したり本を読んだり、自分の価値を高めるための努力もしました。
でもそれ、あんまり意味がなかったみたいです。
私が試行錯誤しながら作ってきたこの日常が、ルーチンが
息子にとって大切なものだと気付いて
ただただ過ごしてきたと思っていた日常は
ちゃんと積み重なり、息子にとって大切な時間や場所を築いていたことに気づいたのです。
自分が勝手に「ない」と思っていたものは
自分の自覚に関係なく、ちゃんと「あった」のです。
年の瀬、非日常を経験したからこそ気付いた日常の大切さ。
その日常を積み重ねを実感出来たからこそ感じる、日々の愛おしさ。
そんな幸せを噛み締めつつ、残り少ない今年を過ごしていこうと思います。
皆さまも良いお年をお迎えください。
11月3日の湘南国際マラソン以来、ぜーんぜん走ってないです。
あの日、ランニング熱が高まりまくって
「めざせ!ハーフマラソン!めざせ!トレイルラン!」
とか思っていたのが嘘のように静まり返ってます

その湘南国際マラソンから、
ひとつ年を取ったり
キスマイのコンサートに行ったり
ingressにはまったり
夫と息子が同時に寝込んだり
...しましたが、相変わらず楽しく暮らしております。
そして年の瀬、家族でイベントに出掛けたり、
客人を招いたりする機会があったのですが
そんな中でいろいろおもしろいことに気付きました。
先週、私の親戚の家でクリスマスパーティをしたんですが
思いがけず夕方からのイベントで、息子が不安がって
久々に場所見知りをしたのです。
普段は朝から出掛けて夕方には帰宅するようにしているので
”いつもと違う”ことに戸惑っていたようで。
その日は私と息子は妹宅に泊めてもらったのですが
旅行以外でのお泊りもほとんどしないので
楽しそうにしてるんだけど、時々不安そうに愚図ったり。
普段、ほとんど午前中に公園に行って昼過ぎに帰宅、
昼寝をして夕方の散歩、食事、風呂、就寝
というルーチンでずーっと過ごしているので
もう少しいろんな経験をさせておいた方がいいのかなぁ、とも思いました。
でも、そのルーチンは私が思った以上に大切だったことも分りました。
というより、息子にとってはそれが一番楽しく、安心出来ることだったのです。
息子が夏の終わりから外遊びをするようになって
そのルーチンをほぼ毎日繰り返して来て
楽ではあるけれど変化がなく、退屈に感じる日々。
いつもの公園と家の往復
そんな「いつもの時間」と「いつもの場所」が、
息子にとってはベストなものだということに、非日常の中で気付いたのです。
同時にそれは、私が築いてきたものでもありました。
私はあまり、自分が築いてきたものとか積み上げたものとか
成し遂げたこととか達成感とか、ほとんど実感することなく
40年程生きてきました。
部活もほとんどやってなかったし、
成績も真ん中くらい
スポーツも苦手で
仕事も転職を繰り返し、なんの実績もなく
ずっとそれがコンプレックスであり、欠乏感を感じる原因でもありました。
なので必死に「何かしなきゃ」「何かを残さなきゃ」と
勉強したり本を読んだり、自分の価値を高めるための努力もしました。
でもそれ、あんまり意味がなかったみたいです。
私が試行錯誤しながら作ってきたこの日常が、ルーチンが
息子にとって大切なものだと気付いて
ただただ過ごしてきたと思っていた日常は
ちゃんと積み重なり、息子にとって大切な時間や場所を築いていたことに気づいたのです。
自分が勝手に「ない」と思っていたものは
自分の自覚に関係なく、ちゃんと「あった」のです。
年の瀬、非日常を経験したからこそ気付いた日常の大切さ。
その日常を積み重ねを実感出来たからこそ感じる、日々の愛おしさ。
そんな幸せを噛み締めつつ、残り少ない今年を過ごしていこうと思います。
皆さまも良いお年をお迎えください。
