健全な肉体は、健全な精神に宿る?のか?
という人体実験中です。
メラノーマかもしれない、という診断が下った後
怖くて、ネットでいろいろ調べたの。
画像検索して、ひぃぃってなったり
再発
転移
リンパがー
ネガティブな情報を、いっぱい仕入れた。
なるようになる
なるようにしかならない
でも怖い
怖い時は、ちゃんと泣こう。
でも大丈夫。
私は大丈夫。
あぁでも怖いー。
診断から手術まで一ヶ月くらいあったので
考える時間は、いっぱいあった。
一年前に母を癌で亡くして
私も癌で死ぬのか、とか
一年前、母を亡くした悲しみと
初めての育児のしんどさの中で
毎日毎日、子供と離婚届を置いて家を出ることを考えてた。
実家には帰れないし
行く場所もないから、樹海に行くしかねーかなとか
そんなことばっかり考えてたから、死神に地雷を植えられたんだ、とか
ネガティブな考えが、次々に。
もともと暗いので、こういう発想は得意なのです
ネガティブ期の後、すぐに飽きたようで
「なるようになるさ~、気楽に暮らすさ~
」
という時期がやってきて、手術直前までその調子だったんだけど
手術数日前になって
切るのやだー
痛いのやだー
こわいー
癌宣告、やだなー(すぐに結果が出ると思ってた)
ネガティブ期に逆戻り
ちょうどその頃、心屋師匠のブログに立て続けに上がったジャンル。
それが私を開眼させました。
「病気は、病気ではなく…」
あー、やっぱり
「病気でないと愛されない?」
だーよーね~。
そう、私、病気や不幸に憧れてたんです。
小さい頃から。
現に、喘息持ちで2週に一度発作を起こして学校を休む子供でした。
病弱ならば、親切にしてもらえる
病弱ならば、優しくしてもらえる
病弱な人に、きつく当たる人は居ない
不幸ならば、同情される
不幸ならば、多少のわがままも許される
自分より病弱で、自分より不幸(に見える)人には
絶対に優しくしよう!って決めてました。
かわいそうな人に優しくするのは当たり前でしょ?と思ってた。
体も心もよわよわだった私に、母はいろんな本を買ってくれました。
生まれつきの重度の難病の子の本
生まれつきの重度の障害の子の本
「この子たちはあんたよりもっと大変だけど、頑張ってる。
あんたも頑張りなさい」
「そうか、喘息くらいじゃ優しくしてもらえないんだ」
母の優しさ、裏目に出る。
母の優しさや愛が、私が求めるものじゃなかっただけ。
母は母のやり方で、いつも私を気にかけてくれてたのに。
幸せでありがたいじゃん!私のばかー。
そんな調子で大人になったので
しんどい時は、いつも病気になりたかった。
仕事が辛いとき
人間関係で上手く行かないとき
男にふられたとき(笑)
「今病気になれば、人に優しくしてもらえるのになぁ」
と、心のどこかでいつも思ってました。
残念ながら、社会人になってから喘息発作は鳴りを潜め
たまに飲み過ぎて胃を荒らす以外は、恐ろしく健康な体になってしまった。
ありがたい…。
母の話や育児のしんどさ、手術の話をすると
いろんな人が、本当に親身になって聞いてくれて
すごくありがたかった。
同時に、
辛くて辛くて、ただ人や環境のせいにしていた日々も、
しんどい気持ちを誰にも打ち明けず、
自分の感情を殺して、息を止めて全力疾走してるような日々も
ずっとずっと、私は周りの人に気にかけてもらってたし
助けてもらっていたんだなぁって気付いた。
本当は、ずっとずっと、みんな優しかった。
本当は、ずっとずっと、幸せだったのです。
明日は抜糸と、検査結果が出る。
シロなら、「ほーら、やっぱりね」って言うし
クロならば、金輪際、病気はやめる。
もう私には、必要ないから。
という人体実験中です。
メラノーマかもしれない、という診断が下った後
怖くて、ネットでいろいろ調べたの。
画像検索して、ひぃぃってなったり
再発
転移
リンパがー
ネガティブな情報を、いっぱい仕入れた。
なるようになる
なるようにしかならない
でも怖い
怖い時は、ちゃんと泣こう。
でも大丈夫。
私は大丈夫。
あぁでも怖いー。
診断から手術まで一ヶ月くらいあったので
考える時間は、いっぱいあった。
一年前に母を癌で亡くして
私も癌で死ぬのか、とか
一年前、母を亡くした悲しみと
初めての育児のしんどさの中で
毎日毎日、子供と離婚届を置いて家を出ることを考えてた。
実家には帰れないし
行く場所もないから、樹海に行くしかねーかなとか
そんなことばっかり考えてたから、死神に地雷を植えられたんだ、とか
ネガティブな考えが、次々に。
もともと暗いので、こういう発想は得意なのです

ネガティブ期の後、すぐに飽きたようで
「なるようになるさ~、気楽に暮らすさ~
」という時期がやってきて、手術直前までその調子だったんだけど
手術数日前になって
切るのやだー
痛いのやだー
こわいー
癌宣告、やだなー(すぐに結果が出ると思ってた)
ネガティブ期に逆戻り

ちょうどその頃、心屋師匠のブログに立て続けに上がったジャンル。
それが私を開眼させました。
「病気は、病気ではなく…」
あー、やっぱり
「病気でないと愛されない?」
だーよーね~。
そう、私、病気や不幸に憧れてたんです。
小さい頃から。
現に、喘息持ちで2週に一度発作を起こして学校を休む子供でした。
病弱ならば、親切にしてもらえる
病弱ならば、優しくしてもらえる
病弱な人に、きつく当たる人は居ない
不幸ならば、同情される
不幸ならば、多少のわがままも許される
自分より病弱で、自分より不幸(に見える)人には
絶対に優しくしよう!って決めてました。
かわいそうな人に優しくするのは当たり前でしょ?と思ってた。
体も心もよわよわだった私に、母はいろんな本を買ってくれました。
生まれつきの重度の難病の子の本
生まれつきの重度の障害の子の本
「この子たちはあんたよりもっと大変だけど、頑張ってる。
あんたも頑張りなさい」
「そうか、喘息くらいじゃ優しくしてもらえないんだ」
母の優しさ、裏目に出る。
母の優しさや愛が、私が求めるものじゃなかっただけ。
母は母のやり方で、いつも私を気にかけてくれてたのに。
幸せでありがたいじゃん!私のばかー。
そんな調子で大人になったので
しんどい時は、いつも病気になりたかった。
仕事が辛いとき
人間関係で上手く行かないとき
男にふられたとき(笑)
「今病気になれば、人に優しくしてもらえるのになぁ」
と、心のどこかでいつも思ってました。
残念ながら、社会人になってから喘息発作は鳴りを潜め
たまに飲み過ぎて胃を荒らす以外は、恐ろしく健康な体になってしまった。
ありがたい…。
母の話や育児のしんどさ、手術の話をすると
いろんな人が、本当に親身になって聞いてくれて
すごくありがたかった。
同時に、
辛くて辛くて、ただ人や環境のせいにしていた日々も、
しんどい気持ちを誰にも打ち明けず、
自分の感情を殺して、息を止めて全力疾走してるような日々も
ずっとずっと、私は周りの人に気にかけてもらってたし
助けてもらっていたんだなぁって気付いた。
本当は、ずっとずっと、みんな優しかった。
本当は、ずっとずっと、幸せだったのです。
明日は抜糸と、検査結果が出る。
シロなら、「ほーら、やっぱりね」って言うし
クロならば、金輪際、病気はやめる。
もう私には、必要ないから。