Switchが品薄という話を聞きます。

 

まあ、実際にNintendo storeを見に行ったら品切れにはなっているのですが……。

 

任天堂が増産しないことに文句を言う方もいますが、任天堂側もボランティアではないので、無闇に増産するわけにもいかないのではないかと思います。

 

品薄の原因は何か。

真偽はわかりませんが、転売のために在庫を持っている人がかなりいるためと思っています。

 

では、このような状況で任天堂がSwitchの増産をしたらどうなるか。

 

まずは当然、適正価格で買いたいと思っていた人が購入しに行きます。

 

さて、こうなると、在庫を持っている転売屋が困ることになりますので、損するとはいえ定価より安値で売りに出すかもしれません。

 

すると、今度は公式の定価品よりも、安い転売品を購入する人が増えるのではないかと思います。

実際のところ、「転売屋死すべし」ということでみんな転売品は買わないかもしれませんが、それはわかりません。

 

公式品が売れず、転売品が売れるようになる。

任天堂は売れない在庫を無駄に持たされることになります。

 

そう考えると、買ったのが誰であろうが、ゲーム機本体のような非消耗品は市場に出ている数量で生産数を管理した方が安全なのではないかと思えます。

 

転売屋対策の増産で企業イメージは上がるかもしれませんが……。

 

ゲームが売れるかどうかは、やはり魅力的な、面白いものを出しているかどうかにかかっているのではないかと思います。

「転売屋対策しなかったからあのメーカーのものは買わない」ということにはあまりならないのではないか、と思います。

 

もっとも、ハードが市場に出回り切る前だったら、見切りを付けられる可能性もありそうですが、今回の場合、発売からもやや時間が経っています。

 

ことはもう少し複雑かもしれませんが(例えば増産して多くのユーザーが本体を手にできた方がソフトが売れるなど)、自分も増産はリスキーという判断をするように思います。

こういってはなんですが、多少高額でも+1万円程度であれば買ってしまう人が後を絶たないだろうという見込みもあるのだろうと思っています。

 

対策を求めるのであれば、転売屋の仕入れ段階を潰してくれ、というところでしょうか。

 

なかなか難しそうですね。

 

いっそマイナンバーで購買履歴でも管理してもらったら良いのではないでしょうか。

 

(追伸、そもそも転売屋が多いのが原因でなく、時勢柄欲しがる人が多かったり、増産がしにくかったりするのかもしれません)

何か、自信をもって、これができます、と言えるものがあったら良いなと思っています。

 

人前で聴かせられる程度にピアノが弾けるようになりたいし、何か人に読ませられるような物語を書いてみたいし、人に見せられるようなイラストを描いてみたいし、プログラミングを勉強して遊んでもらえるゲームを作ってみたいし、とやりたいことは多いのですが、少し手を付けては諦める、そんな繰り返しです。

 

全くできないわけではなく、きっと長いこと続けていれば、いずれは

そこそこものにできるのではないかとも思うのですが、その長いこと続けるがなかなかできません。

 

それができてどうなる、と考えて馬鹿らしくなってしまうこともあります。

結局、上で書いた通り、「他人に~」という原動力であって、自分が楽しくてやりたいというものでもないように思います。

 

まあ、承認欲求というものがそれほど悪いものとも思いませんが、それでも自分がやりたいからやる、というものがなにかあったら良いのにな、とは思います。

 

表題から逸れた内容になってしまいました。

ふるさと納税で届きました。

ナガノパープル。

 

 

普段フルーツをあまり食べないのでこれまたまともな評価ができないのですが、皮まで食べられます(普通かもしれませんが)。

 

というより、皮まで食べられるのか知りませんが皮まで食べてます。

 

あとは、種がなくて余計なゴミが出ません(普通かもしれませんが)。

 

1日朝夕3粒ずつくらい食べて、なかなか減りません。

減らないのは良いのですが、どのくらい保つのだろうか、とちょっと不安になったりもします。

自分は過度な動物愛護者ではないし、なんだったら興味ない派なのですが、興味ないなりに「首輪にリードを付けて引っ張るってどうなんだろう」と思っていたことがありました。

 

でもこれって、小さい子供がはぐれないように手を繋いでもらうこととそれほど変わらないのかなと気付きました。

 

動物にとって、リードがないのは不安という話も聞きます。

 

まさか、しゃがんで動物の手をつかみながら散歩に連れて行くわけにもいかず、動物の手足にリードを付けると歩きにくい。

となれば首か胴体というのは妥当のように思います。

 

そもそもの話として、自分はなんとなく首輪とかは支配している感じがして嫌だなと直感的に感じていた節があるのですが、動物目線で首輪をそんな風に感じるかはよくわかりませんね。

 

イメージでものを語る例です。

 

まあ、リードで無理矢理引っ張っていたらそれは良くないもののように感じるかもしれませんが、ただ首輪とリードを付けているだけであれば、そう悪いものではないのだろうなと思います。

 

少し前に、子供にリードを付けて散歩する、という話題が批判されていたことがありましたが、これにしても子供が自力で歩ける状態で、手を繋ぐには少し身長差があり過ぎる場合は、そう批判されるようなものではないかもしれないなと思いました。

季節柄か料理が面倒になり、最近の夕飯はご飯、味噌汁、お新香、納豆という組み合わせの、えらい貧相な献立になることが多いです。

 

こんな食事で大丈夫かなと思う一方、近代(江戸時代)くらいの人はこんな感じの食事だったのでは?とも思い、大丈夫だろうという気もしています。

 

それはさて置き、栄養バランスの良い食事のためには30品目、というような話をよく聞きますが、これはそこまで本気でバランスを取らなければならないのだろうかと疑問に思っています。

 

すべての栄養素を偏りなく(どれかが飛びぬけたり凹んだりすることなく)摂るためには30品目ということかと思いますが、別に多少バランスが崩れても必要な栄養素が満遍なく摂れていれば良いのでは?と思っています。

 

まあ、こういう意見はどんな栄養素が必要でどの食べ物に含まれているか把握している人が言うべきものだと思いますが、やたらと栄養素のことを気にするよりは多少は好きなように食べても良いのではないかと思ったりします。

 

こういうことを言うと、「今はいいかもしれないけれど、いずれ後悔する」と言われそうですが、まあ最悪若い頃の食生活の乱れで短命になったとしても、別にそれはそれで良いです。