久しぶりの投稿です。


意外と私のブログを見ていただいている方が多いので復活することにしました。



本日は書籍の紹介です。

この3年間で読んだもっとも勇気づけられた本です。

「海賊と呼ばれた男」上下巻 百田尚樹著 講談社

モデルは出光興産創業者 出光佐三氏

本当にこの方の生き方は「士魂商才」という言葉を生涯かけてやり遂げられました。。

戦争後、アメリカの石油メジャーや大英帝国を相手に一歩も引かず日本人として国家の為に

石油を日本に供給し続けた人生でした。

最初から最後まで涙が止まりませんでした。今、我々が学ぶべきことがこの本には凝縮されています。

ぜひ、「海賊とよばれた男」一読を!




中国で部品製造している社長-kaizoku

先日、ぞっとするようなタイトルの本を目にし100冊購入し幹部と共有しました。

タイトルは「メイド・イン・ジャパンの消滅」 (世界で戦える製造業をどう守るか) 

朝日新聞出版 財部誠一著

以下 抜粋です

アジアで一番が世界で一番

「我々の業界はね、先進国での生産活動はもうだめなんですよ。アジアの時代になりました。アジアで一番になればそれが世界一を意味する」

岐阜県下で“日本一のグローバル企業”と呼び声が高い松森工業の社長、松久信夫の言葉である。

松森工業はビルやマンションの屋上に設置する水槽から巨大な石油化学プラント、果ては絶対的な完成度を求められるH2Aロケットの燃料タンクまで製造しておりMORIMATSUの製品の文字通り世界にとどろいている。

実態を失った日本の優位性

自らの意思と選択で自らの人生を切り開き人生を豊かにすることに貪欲な中国社会と比べて日本人のメンタリティーはあまりにもひ弱だ。

不幸はすべて政治が悪いから、役人が悪いからだというような責任をすべて他社に押しつけることが当たり前になってしまっている。

しかも悪いことに日本人は未だにその現実を理解していない。日本の技術は世界一という過去の栄光をひきずるばかりで実態を失った日本の優位性にしがみついている。

確かに依然として日本の技術や日本の品質が競争優位を維持している分野は少なくない。しかし、気がついてみれば高品質化するメイド・イン・アジアの脅威が確実に迫っている。

Made in China by Taiwanese

台湾企業の中国工場で生産してもらうことがもっとも国際競争力を持つというだ。中国沿岸部の人件費高騰などで内陸部への工場移転等々の措置も必要になってきたがEMSにおける台湾企業の圧倒的な強さに変化はない。




製造業以外の方にもぜひ読んでいただきたいと思います。



中国で部品製造している社長

今週の日曜日から仕事でバンコクに来ています。


ホテルで朝食中、読売新聞を読んでいたら中曽根元総理が【指導者】につい


て寄稿していましたので内容を紹介します。


以下抜粋


1983年1月に首相として初訪米した。

レーガン大統領とは最初から馬が合った。一国の指導者は15分も話せばお互いの大きさがどの程度かわかる。

レーガン氏は非常に包容力、大局的見識、人懐っこさがあり私と共通項があった。

指導者は人間的な雰囲気、オーラを身につけていることが非常に大事だ。


中略


私のように戦争からの祖国復興を念じて政治家になった者と、自分の経歴の中から政治家を選んだものとの差は大きい。


中略


政治家には宿命が付きまとう。それを克服する力を持たねばならない。



以下 感想


政治家についての心構えを説いた内容ですが会社の経営者にも当てはまると思います。


現在のわれわれには祖国のために復興することとか国家観とかがかけているんだと痛感します。


私自身、私たちが日本で培った「モノつくり」精神を新興国に植え付けることに生涯時間を費やしたいと考えています。


それが日本の復興になると考えて・・・



毎日、イランの核開発に対するアメリカの制裁が報道されている。


このままいくとホルムズ海峡が封鎖され日本が輸入している約80パーセントの原油が届かなくなる可能性がでてきた。


ましてやイスラエルがイラクの核開発施設を1981年空爆したようなことをイランに行う可能性がある。


そうなると第五次中東戦争勃発である。


そうなるとまた世界が大変なことになります。


石油価格があがり原子力発電が不可、火力発電に頼るので電気代が高騰するし、また消費も落ち込むでしょう。


1973年のオイルショックがまた来るかも・・・・・



昨日、池上彰のやさしい経済学の講義内容が


「なぜバブルが生まれ、はじけたか?」


興味があったのでテレビでじっくり聞いた要点を書きたいと思います。


バブル経済のきっかけ


1985年 プラザ合意 ニューヨークのプラザホテルに先進五か国蔵相が集まりドル安で一致。日本からは当時の竹下登蔵相が出席

1ドル240円~200円に


急激な円高による影響→輸出不可

円高不況と景気対策


          

1987年 公定歩合2.5%に引き下げたことにより土地を買う企業が急増

土地神話


1987年NTT株売り出し→個人の株取引増加

一株119万円の売り出し価格が2か月後には318万円


株価が上がって困る銀行

株式会社自らを発行したり社債を発行したりして銀行からお金を借りなくなった。


銀行は新規融資先を開拓する方法として空き地を探してそれを担保に取りマンションを建設させた。→地上げ屋が暗躍

1989年当時東京23区の土地の価格で全米の土地を購入できるほど土地が高騰した。       

                    

1990年3月大蔵省「総量規制」「地価税」導入によって土地の価格が暴落

金融機関は不良債権の山

1997年山一証券、北海道拓殖銀行など倒産へ


上記が一応バブル経済の発生と破たんまでのざっくりとした内容である。


最後にわれわれが肝に銘じないといけないのは


「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」