終末の唄_057
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何か柔らかく、細かな動きをするものが、ぼくの顔をくすぐり、暗い眠りの淵からぼくを引きずり出してくれた。
気がつくと、ぼくはどこかの部屋のベッドの中で、眠っていた。
目覚めたぼくの鼻先には、白地に茶色のウサギがいた。このウサギが、ぼくを起こしてくれたのだ。
ぼくはベッドの上で、ゆっくりと身体を起こした。
毛布の下は、Tシャツにトランクスという格好だ。昨夜も〈銀色の男〉の悪夢にうなされて、身体中がじっとりと汗ばんでいる。
頭はまだ夢の余韻でふらふらとしていて、ひどく気分が悪い。
「目が覚めた?」
声がする方を見ると、彼女がいた。
「ぴょん吉がなつくなんて、めずらしいわね」
「ぴょん吉?」
「そのウサギよ」
「ああ、こいつね。
ねえ、ここは――どこ? マリリンさんの部屋?」とぼくは彼女に、訊いた。
「残念ながら、わたしはマリリンではないわ。
わたしは、正真正銘の、ア・リ・ス、よ。この身体の持ち主」
アリスは黒いジャージに紺のパーカーというラフな格好で、おかっぱの長い前髪が前に垂れ落ちないように、うしろに流して大きな銀色のヘアピンで留めていた。
そして、口にくわえたセーラムを左手の人差し指と中指で挟み取り、そう言った。
「アリス?」とぼくは、言った。
「ほんとうに、きみが、アリスさんなのかい?」
「そうよ。なんで?」
「あ、いや、クリニックで見かけるアリスさんとは、ちょっと感じが違ったから」
「ああ、あの子? あれも、わたしのべつの人格なのよ。わたしの身体の、ただの間借り人」
「え? そうなの? 複雑なんだな」
「そう。複雑なの」
そのとき、ぼくは汗で濡れたTシャツが冷えてきた寒さに、ぶるっと震えた。
「寒いでしょ? そう、この部屋はまるでロシヤのように暗くて、寒いのよ。
この老いぼれたストーヴは炎が燃えていても、ちっとも暖かくならないしね」
彼女はつま先でストーヴをコンと蹴った。その足には、つま先だけ白い、茶色のふわふわとした分厚いソックスを履いていた。ぴょん吉みたいだ。
「さてと。あんた、コーヒーでも飲む? もちろん、インスタントだけど」
「ありがとう。いただくよ」とぼくは、言った。
アリスはいっこうに暖かくならないというストーヴの上にのっているヤカンを取り上げ、コーヒーの粉をてきとうに入れたカップに、お湯を注いだ。
そしてスプーンでてきとうに掻き混ぜたあと、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して、カップに少し垂らした。
「どうぞ」
「ありがとう。
よかったら、タバコも一本、もらえないかな?」
「残念ながらこれで最後なんだ。
これでも、いい?」
と言って、アリスは自分が吸っていたタバコを、ぼくにくれた。
To be continued.
何か柔らかく、細かな動きをするものが、ぼくの顔をくすぐり、暗い眠りの淵からぼくを引きずり出してくれた。
気がつくと、ぼくはどこかの部屋のベッドの中で、眠っていた。
目覚めたぼくの鼻先には、白地に茶色のウサギがいた。このウサギが、ぼくを起こしてくれたのだ。
ぼくはベッドの上で、ゆっくりと身体を起こした。
毛布の下は、Tシャツにトランクスという格好だ。昨夜も〈銀色の男〉の悪夢にうなされて、身体中がじっとりと汗ばんでいる。
頭はまだ夢の余韻でふらふらとしていて、ひどく気分が悪い。
「目が覚めた?」
声がする方を見ると、彼女がいた。
「ぴょん吉がなつくなんて、めずらしいわね」
「ぴょん吉?」
「そのウサギよ」
「ああ、こいつね。
ねえ、ここは――どこ? マリリンさんの部屋?」とぼくは彼女に、訊いた。
「残念ながら、わたしはマリリンではないわ。
わたしは、正真正銘の、ア・リ・ス、よ。この身体の持ち主」
アリスは黒いジャージに紺のパーカーというラフな格好で、おかっぱの長い前髪が前に垂れ落ちないように、うしろに流して大きな銀色のヘアピンで留めていた。
そして、口にくわえたセーラムを左手の人差し指と中指で挟み取り、そう言った。
「アリス?」とぼくは、言った。
「ほんとうに、きみが、アリスさんなのかい?」
「そうよ。なんで?」
「あ、いや、クリニックで見かけるアリスさんとは、ちょっと感じが違ったから」
「ああ、あの子? あれも、わたしのべつの人格なのよ。わたしの身体の、ただの間借り人」
「え? そうなの? 複雑なんだな」
「そう。複雑なの」
そのとき、ぼくは汗で濡れたTシャツが冷えてきた寒さに、ぶるっと震えた。
「寒いでしょ? そう、この部屋はまるでロシヤのように暗くて、寒いのよ。
この老いぼれたストーヴは炎が燃えていても、ちっとも暖かくならないしね」
彼女はつま先でストーヴをコンと蹴った。その足には、つま先だけ白い、茶色のふわふわとした分厚いソックスを履いていた。ぴょん吉みたいだ。
「さてと。あんた、コーヒーでも飲む? もちろん、インスタントだけど」
「ありがとう。いただくよ」とぼくは、言った。
アリスはいっこうに暖かくならないというストーヴの上にのっているヤカンを取り上げ、コーヒーの粉をてきとうに入れたカップに、お湯を注いだ。
そしてスプーンでてきとうに掻き混ぜたあと、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して、カップに少し垂らした。
「どうぞ」
「ありがとう。
よかったら、タバコも一本、もらえないかな?」
「残念ながらこれで最後なんだ。
これでも、いい?」
と言って、アリスは自分が吸っていたタバコを、ぼくにくれた。
To be continued.