終末の唄_051
「なあ、カズ? アタシの嫁さんの話、お前さんにしたことあったっけ?」と真栄田刑事が、訊いた。
「ええ、少しだけ。確か、交通事故で亡くなったんでしたよね?」
「そう。
あれは――もう十年以上も前のことだなあ」真栄田刑事は目を細めて、言った。
「ほら、この傷はね、あいつ――早紀につけられた傷なんだよ」
真栄田刑事は右の手のひらを運転中の津川刑事の顔の横に広げて、そこに残っている傷跡を見せた。
「そうなんっスか?」
津川刑事は運転しながら、横目で真栄田刑事の古傷を見た。
処置がまずかったのだろう。雑な縫合のせいで、その傷跡は歪んだ三日月のようなカタチをして長く深く残り、いまでも痛々しく見えた。
きっと、多量の血が流れたに違いない。その傷は手のひらを貫き、手の甲の方にまで達していた。
津川刑事は、じつは以前からその傷跡のことが気になってはいたのだけれど、いままでなんとなく訊けずにいたのだった。
「何で、また? 事故か何かっスか? それとも、まさか、ケンカっスか?」
と、津川刑事が少しからかうように、言った。
「そうじゃあないんだ」真栄田刑事も、少し笑う。
「じつは、あいつはね、もともとは札つきのワルだったんだよ」
「え? まさか。写真でしか見たことないっスけど、とてもおしとやかそうで、ぜんぜんそんな風には見えませんでしたよ?」
「ははは。もう大昔の話だからね」
真栄田刑事は手のひらの傷跡を愛おしそうに撫でながら、言った。
「あの頃は、アタシも若かった。まだ刑事になりたてでね。
だから殺人事件なんて、ぜんぜんやらせてもらえなかった。担当させられるのは、もっぱら町の不良どもの相手ばっかりだったもんさ。
アタシャ、そのゴミ当番だったんだ。そのゴミの中でも、真っ赤なちりちり頭で、長いスカート引きずってた早紀が、一番のやっかいなゴミだったのさ」
「へえ」と津川刑事が、言った。
「あれは――ほんと、狂いそうに熱い夏の日だったな。
早紀のツルんでたチームがよ、よそのチームと派手に抗争を起こしやがったんだ。
アタシャ通報を受けて、もちろんすぐに現場に駆けつけたさ。ゴミ当番として、な。
すると早紀のやろう、アタシが駆けつけたときには、もう完全にアタマがイっちまってて、小刀かまえて相手のひとりを刺し殺すところだったんだ。
焦ったねえ、さすがに。それで、相手の心臓めがけて突き出されたその刃を、アタシャ右手を思いっきり差し出して、すんでのところで受け止めたんだ。
その鋭い刃は、アタシの手のひらをぐいぐいと抉って、ついにその切っ先は、多量の血とともに手の甲から突き出してきた。
真っ赤な血が辺りに飛び散ったよ。ちょうど、打ち上げ花火の――ほら、何てったっけ? そう、そう、スターマイン。ほんと、そんな感じだった。
それでも、しばらくは神経がイカれちまっていて、痛みは感じなかった。だからアタシャ、小刀が突き刺さったままの手でよ、やつらを蹴散らしたんだ。バカはやめて、さっさとお家へ帰りやがれ、ってな。
それで早紀は、ようやく我に返ったようだった。けど、あいつ、はっとした顔はしたけれど、そのまま踵を返して逃げちまいやがった。
そのあと、その怪我のこと、みんなに訊かれたよ。どうした? だれにやられた? ってね。
でもアタシャ、早紀が刺したことはだれにも言わなかった。言えるもんかい。
そんなことしたら、刑事を刺したって、あいつは捕まっちまうからね」
To be continued.
「ええ、少しだけ。確か、交通事故で亡くなったんでしたよね?」
「そう。
あれは――もう十年以上も前のことだなあ」真栄田刑事は目を細めて、言った。
「ほら、この傷はね、あいつ――早紀につけられた傷なんだよ」
真栄田刑事は右の手のひらを運転中の津川刑事の顔の横に広げて、そこに残っている傷跡を見せた。
「そうなんっスか?」
津川刑事は運転しながら、横目で真栄田刑事の古傷を見た。
処置がまずかったのだろう。雑な縫合のせいで、その傷跡は歪んだ三日月のようなカタチをして長く深く残り、いまでも痛々しく見えた。
きっと、多量の血が流れたに違いない。その傷は手のひらを貫き、手の甲の方にまで達していた。
津川刑事は、じつは以前からその傷跡のことが気になってはいたのだけれど、いままでなんとなく訊けずにいたのだった。
「何で、また? 事故か何かっスか? それとも、まさか、ケンカっスか?」
と、津川刑事が少しからかうように、言った。
「そうじゃあないんだ」真栄田刑事も、少し笑う。
「じつは、あいつはね、もともとは札つきのワルだったんだよ」
「え? まさか。写真でしか見たことないっスけど、とてもおしとやかそうで、ぜんぜんそんな風には見えませんでしたよ?」
「ははは。もう大昔の話だからね」
真栄田刑事は手のひらの傷跡を愛おしそうに撫でながら、言った。
「あの頃は、アタシも若かった。まだ刑事になりたてでね。
だから殺人事件なんて、ぜんぜんやらせてもらえなかった。担当させられるのは、もっぱら町の不良どもの相手ばっかりだったもんさ。
アタシャ、そのゴミ当番だったんだ。そのゴミの中でも、真っ赤なちりちり頭で、長いスカート引きずってた早紀が、一番のやっかいなゴミだったのさ」
「へえ」と津川刑事が、言った。
「あれは――ほんと、狂いそうに熱い夏の日だったな。
早紀のツルんでたチームがよ、よそのチームと派手に抗争を起こしやがったんだ。
アタシャ通報を受けて、もちろんすぐに現場に駆けつけたさ。ゴミ当番として、な。
すると早紀のやろう、アタシが駆けつけたときには、もう完全にアタマがイっちまってて、小刀かまえて相手のひとりを刺し殺すところだったんだ。
焦ったねえ、さすがに。それで、相手の心臓めがけて突き出されたその刃を、アタシャ右手を思いっきり差し出して、すんでのところで受け止めたんだ。
その鋭い刃は、アタシの手のひらをぐいぐいと抉って、ついにその切っ先は、多量の血とともに手の甲から突き出してきた。
真っ赤な血が辺りに飛び散ったよ。ちょうど、打ち上げ花火の――ほら、何てったっけ? そう、そう、スターマイン。ほんと、そんな感じだった。
それでも、しばらくは神経がイカれちまっていて、痛みは感じなかった。だからアタシャ、小刀が突き刺さったままの手でよ、やつらを蹴散らしたんだ。バカはやめて、さっさとお家へ帰りやがれ、ってな。
それで早紀は、ようやく我に返ったようだった。けど、あいつ、はっとした顔はしたけれど、そのまま踵を返して逃げちまいやがった。
そのあと、その怪我のこと、みんなに訊かれたよ。どうした? だれにやられた? ってね。
でもアタシャ、早紀が刺したことはだれにも言わなかった。言えるもんかい。
そんなことしたら、刑事を刺したって、あいつは捕まっちまうからね」
To be continued.