終末の唄_047
♯10
「――しっかし、疲れたっスねえ」
津川刑事のその呟きは、真栄田刑事にはただのため息のように聞こえる。
「ああ。まったくな。
ようカズ、運転、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫っスよ。これくらい。自分はまだ若いっスからね」
真栄田刑事と津川刑事は、空いた夜のバイパスの上にいた。
中学生母親殺しの事件現場から署に戻るために、クルマを走らせているところだった。
事件現場を出発してからの相当長い時間、クルマの中には重い沈黙が横たわっていて、その沈黙を破ったのが、いまの津川の言葉だったのだ。
「でも、考えれば考えるほど、やりきれない事件っスよね。
中学生の少年が、母親を刺し殺すなんて」と津川が、言った。
「まったくだよな。どうかしちまってるよう」と真栄田が、言った。
ふたりを乗せたクルマは、空の低いところに浮かんでいる白い大きな月に向かって走っている。
「少年は、学校でいじめにあってて、それで、もう学校へはいきたくないと言って、その母親と口論になった。
それはわかりますよ? 親ともめるなんて、この年頃なら日常茶飯事ですからね。
でも、だからって、何ですぐに母親をハサミなんかで刺し殺すわけ? 何でそんなに短絡的になれるんっスか?」
と、津川刑事が声を震わせて、吐き捨てた。
対向車がハイビームのまま近づいてくる。
津川刑事は眩しさに目を細めながら、もっていきどころのない怒りをそのクルマにぶつけるように、何度も激しくパッシングしかえした。
「〝痛み〟と〝想像〟というヤツが、だんだんとわからなくなってきちまってるんだな」
真栄田刑事がぽつんと、言った。
「なるほど、いじめられてるのはその少年であって、かわいそうに、当人もそれなりに毎日つらい思いをしていたんだろうさ。そりゃあわかるよ。
ほんとうはだれだって、『無理してそんなにつらい思いしなくていいよ、もう学校へなんか、いかなくったっていいよ』って、同情的に言えたら楽さね。
だけどよ、そうじゃないんだ。逃げてちゃなんにもならないんだよ。
その点、このかあちゃんは偉かった。
その甘っちょろい思いに負けないで、息子といっしょに戦おうとしたんだ。ここで負けたら、息子が登校拒否児になっちまったら、これから先の息子の人生に申しわけがたたないって、ぐっと踏ん張ったんだよ。じつに偉いよ。
アタシャこのかあちゃん、ほんとうは、すっごくつらかったんだと思うよ?
考えてもみなよ。自分の腹を痛めて、いろんな困難を乗り越えて、やっとここまで育ててきた息子がよう、学校で集団でもって、陰惨ないじめにあっているとわかったら、親っていうのは、そりゃ身を切るようにつらいもんだぜ? 自分が身代わりになってでも、守りたいって思うもんだぜ? それが親ってもんだよ。
いったいどこの親がよう、息子が憎くって無理矢理にでも学校へいけなんて言うもんかよ。涙がでるよ」
そう言うと、真栄田刑事はウインドウを少し開け、タバコに火をつけた。
ウインドウの少しの隙間から、ひゅるるという音をたてながらまだ肌寒い風が吹き込んできた。
To be continued.
「――しっかし、疲れたっスねえ」
津川刑事のその呟きは、真栄田刑事にはただのため息のように聞こえる。
「ああ。まったくな。
ようカズ、運転、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫っスよ。これくらい。自分はまだ若いっスからね」
真栄田刑事と津川刑事は、空いた夜のバイパスの上にいた。
中学生母親殺しの事件現場から署に戻るために、クルマを走らせているところだった。
事件現場を出発してからの相当長い時間、クルマの中には重い沈黙が横たわっていて、その沈黙を破ったのが、いまの津川の言葉だったのだ。
「でも、考えれば考えるほど、やりきれない事件っスよね。
中学生の少年が、母親を刺し殺すなんて」と津川が、言った。
「まったくだよな。どうかしちまってるよう」と真栄田が、言った。
ふたりを乗せたクルマは、空の低いところに浮かんでいる白い大きな月に向かって走っている。
「少年は、学校でいじめにあってて、それで、もう学校へはいきたくないと言って、その母親と口論になった。
それはわかりますよ? 親ともめるなんて、この年頃なら日常茶飯事ですからね。
でも、だからって、何ですぐに母親をハサミなんかで刺し殺すわけ? 何でそんなに短絡的になれるんっスか?」
と、津川刑事が声を震わせて、吐き捨てた。
対向車がハイビームのまま近づいてくる。
津川刑事は眩しさに目を細めながら、もっていきどころのない怒りをそのクルマにぶつけるように、何度も激しくパッシングしかえした。
「〝痛み〟と〝想像〟というヤツが、だんだんとわからなくなってきちまってるんだな」
真栄田刑事がぽつんと、言った。
「なるほど、いじめられてるのはその少年であって、かわいそうに、当人もそれなりに毎日つらい思いをしていたんだろうさ。そりゃあわかるよ。
ほんとうはだれだって、『無理してそんなにつらい思いしなくていいよ、もう学校へなんか、いかなくったっていいよ』って、同情的に言えたら楽さね。
だけどよ、そうじゃないんだ。逃げてちゃなんにもならないんだよ。
その点、このかあちゃんは偉かった。
その甘っちょろい思いに負けないで、息子といっしょに戦おうとしたんだ。ここで負けたら、息子が登校拒否児になっちまったら、これから先の息子の人生に申しわけがたたないって、ぐっと踏ん張ったんだよ。じつに偉いよ。
アタシャこのかあちゃん、ほんとうは、すっごくつらかったんだと思うよ?
考えてもみなよ。自分の腹を痛めて、いろんな困難を乗り越えて、やっとここまで育ててきた息子がよう、学校で集団でもって、陰惨ないじめにあっているとわかったら、親っていうのは、そりゃ身を切るようにつらいもんだぜ? 自分が身代わりになってでも、守りたいって思うもんだぜ? それが親ってもんだよ。
いったいどこの親がよう、息子が憎くって無理矢理にでも学校へいけなんて言うもんかよ。涙がでるよ」
そう言うと、真栄田刑事はウインドウを少し開け、タバコに火をつけた。
ウインドウの少しの隙間から、ひゅるるという音をたてながらまだ肌寒い風が吹き込んできた。
To be continued.