終末の唄_044
月兎が眠りから覚めると、べつの人格に入れかわっていた。
「あーら、アータ、かわいいわねえ」
ぼくに起こされた彼女は、ぼくを見るなり、そう言った。
そしてぼくの股間をぎゅっと掴んだ。
ぼくは驚いてすぐにその手を払いのけたけれど、アリスのキュートな顔でそんなことをされると、下半身は勝手に硬く固まってしまった。
「次、G市駅ですよ。降りるバス停でしょう?」
ぼくはどぎまぎしながら、言った。
「うーん、そのようね」彼女は窓の外の風景を確かめて、言った。
「アータも、次で降りなさいよ」
「いや、ぼくはもっと先で降りますから」
バスが彼女の降りるG市駅のターミナルに止まる。
「いいじゃないのよ。
わたし、この近くにいい店しってるんだ。ねえ、いっしょに飲み直そうよ。ちょっとくらいいいでしょ?
さあ、降りて、降りて」
彼女はなかば強引にぼくの腕を引いて、いっしょにバスから引きずり降ろした。
そしてそのまま、ぼくの腕に自分の腕を絡めたまま、雑居ビルが密集しているあやしい光が瞬く方へと歩きだしたのだ。
何だか、妙なことに巻き込まれてしまったな、とぼくは思った。
少しばかり路地裏を歩いていくと、「キューカン・バー」という小さな看板がかかったバーの入口があった。
キューカンバー? きゅうり?
「ここよ」
彼女はぼくの腕を引いて、地下への階段を下りた。
英語の言い回しに、「きゅうりのようにクールだ」というのがあるけれど、この店はぜんぜんクールじゃなかった。
床には――確かにきゅうりのような――緑色のふわふわとした毛並みの絨毯が敷かれていて、壁面に張られたガラスには――確かにきゅうりの組織が水分を吸収している様子を思わせるような――緑色のライトに照らされた水が壁を流れ落ちる仕掛けが施されている。
けれど、どこか居心地の悪い空間だ。
ぼくと彼女は猫の背中を歩くように、その緑色の絨毯の上をそろりそろりと歩いて、奥のカウンター席に座った。
「いらっしゃいませ」
スチール製のカウンターに肘をついて、とにかく落ち着こうと思っていると、バーテンダーがやってきた。
白いシャツに、ゴールドのベストを着て、金色の髪をワックスでつんつんと立たせたライオンのようなバーテンダーだ。
彼は何か意味ありげな顔で、ぼくに目配せをした――ように、ぼくには思えた。
けれどそのときにはまだ、彼が何を言いたいのかわからなかった。
「ご注文は?」と彼は、言った。
「アータ、何にする?」と彼女がぼくに、訊いた。
「ぼくは、飲めないんだ。だから――」
「それじゃあ、わたしが選んであげるわ」
彼女はぼくの言葉を遮って、バーテンダーに注文した。
「彼には、スクリュードライバー。わたしには、サイドカーを、お願い」
「かしこまりました」
バーテンダーは目を伏せて、言った。
To be continued.
「あーら、アータ、かわいいわねえ」
ぼくに起こされた彼女は、ぼくを見るなり、そう言った。
そしてぼくの股間をぎゅっと掴んだ。
ぼくは驚いてすぐにその手を払いのけたけれど、アリスのキュートな顔でそんなことをされると、下半身は勝手に硬く固まってしまった。
「次、G市駅ですよ。降りるバス停でしょう?」
ぼくはどぎまぎしながら、言った。
「うーん、そのようね」彼女は窓の外の風景を確かめて、言った。
「アータも、次で降りなさいよ」
「いや、ぼくはもっと先で降りますから」
バスが彼女の降りるG市駅のターミナルに止まる。
「いいじゃないのよ。
わたし、この近くにいい店しってるんだ。ねえ、いっしょに飲み直そうよ。ちょっとくらいいいでしょ?
さあ、降りて、降りて」
彼女はなかば強引にぼくの腕を引いて、いっしょにバスから引きずり降ろした。
そしてそのまま、ぼくの腕に自分の腕を絡めたまま、雑居ビルが密集しているあやしい光が瞬く方へと歩きだしたのだ。
何だか、妙なことに巻き込まれてしまったな、とぼくは思った。
少しばかり路地裏を歩いていくと、「キューカン・バー」という小さな看板がかかったバーの入口があった。
キューカンバー? きゅうり?
「ここよ」
彼女はぼくの腕を引いて、地下への階段を下りた。
英語の言い回しに、「きゅうりのようにクールだ」というのがあるけれど、この店はぜんぜんクールじゃなかった。
床には――確かにきゅうりのような――緑色のふわふわとした毛並みの絨毯が敷かれていて、壁面に張られたガラスには――確かにきゅうりの組織が水分を吸収している様子を思わせるような――緑色のライトに照らされた水が壁を流れ落ちる仕掛けが施されている。
けれど、どこか居心地の悪い空間だ。
ぼくと彼女は猫の背中を歩くように、その緑色の絨毯の上をそろりそろりと歩いて、奥のカウンター席に座った。
「いらっしゃいませ」
スチール製のカウンターに肘をついて、とにかく落ち着こうと思っていると、バーテンダーがやってきた。
白いシャツに、ゴールドのベストを着て、金色の髪をワックスでつんつんと立たせたライオンのようなバーテンダーだ。
彼は何か意味ありげな顔で、ぼくに目配せをした――ように、ぼくには思えた。
けれどそのときにはまだ、彼が何を言いたいのかわからなかった。
「ご注文は?」と彼は、言った。
「アータ、何にする?」と彼女がぼくに、訊いた。
「ぼくは、飲めないんだ。だから――」
「それじゃあ、わたしが選んであげるわ」
彼女はぼくの言葉を遮って、バーテンダーに注文した。
「彼には、スクリュードライバー。わたしには、サイドカーを、お願い」
「かしこまりました」
バーテンダーは目を伏せて、言った。
To be continued.