終末の唄_040
「やあ、やあ、ずいぶん待ったでえ」
ぼくが治療を終えて中庭の方へいくと、赤いコートの彼女は、まださっきと同じようにベンチに座ってぼくを待っていた。
時刻はもう五時過ぎで、空はずいぶん薄暗くなっていた。
「ぼくに何か、用でもあるの?」
ぼくは、いつもとずいぶん様子の違う彼女に、そう訊いた。
「そうなんや。あんたはんに、用があるんやでえ」と彼女は、言った。
その声は確かに、若い女の子の声なのだけれど、話し方やトーンはまるで中年のおじさんのようだった。
「ちょこっと、ここに座らへんか? ささ、おいで、おいで」
彼女はベンチの左側に寄って、ぼくの座る場所をつくった。
「――うん」ぼくはその空間に、とりあえず座った。
「ところで――。あんたはんも病気の方、だいぶきついみたいやけど、今日の治療はどうやった? ちょっとはマシかいな?
そやけどあの先生、ほんまべっぴんさんやろう? わて、もうたまらんわあ、ほんまに」
彼女がそう言いながら身悶えするように天を仰ぐと、おかっぱ髪の中から彼女の顔がはじめてはっきりと見えた。
大きく見開いたきらきらとした瞳、くっきりとした眉、高い鼻筋、歯並びがよく、愛らしい口元。
とってもキュートだ。
「じつは、今日から新しい治療法を試してみたんだけれど、まだうまくいかなかったみたいだね。
いくぶんは、気分はましなんだけれど。
先生は『気長に治しましょう』って、言ってる」
「そやなあ。気長に治さなしゃあないわな、こういうのは。
まあ、そのうちきっと、ようなるって。あんたはんも、アリスも、な」
「アリス――て?」
「ああ、アリスっていうのは、この女の子の名前や」彼女は自分を指さして、言った。
「でも、いまあんたはんとしゃべくってるこのわては、アリスやないで? いや、身体はアリスなんやけど――んもう、ややっこしいなあ。
つまり、身体はおんなじやけど、人格が違うってことや。
ああ、挨拶が遅れたけどな、わては月兎いうんや。年齢五十一歳、れっきとした紳士なんやで? どうぞ、よろしゅうに」
「あ、ええ、こちらこそ、よろしく」
ぼくは、以前柿ピーが、彼女は多重人格者だと教えてくれたことを思い出した。
道理で。妙に変な話し方はするし、股を広げて座るわけだ。
「月兎さん、でも、股はそんなに広げない方がいいよ? アリスがかわいそうだ」
「ああ、これは失礼、失礼。わてとしたことが。ついつい無意識に地がでてしもうたわ」
と言って、月兎はそそくさと股を閉じ、上の方にまくれ上がったスカートを膝の方に引っ張った。
To be continued.


ぼくが治療を終えて中庭の方へいくと、赤いコートの彼女は、まださっきと同じようにベンチに座ってぼくを待っていた。
時刻はもう五時過ぎで、空はずいぶん薄暗くなっていた。
「ぼくに何か、用でもあるの?」
ぼくは、いつもとずいぶん様子の違う彼女に、そう訊いた。
「そうなんや。あんたはんに、用があるんやでえ」と彼女は、言った。
その声は確かに、若い女の子の声なのだけれど、話し方やトーンはまるで中年のおじさんのようだった。
「ちょこっと、ここに座らへんか? ささ、おいで、おいで」
彼女はベンチの左側に寄って、ぼくの座る場所をつくった。
「――うん」ぼくはその空間に、とりあえず座った。
「ところで――。あんたはんも病気の方、だいぶきついみたいやけど、今日の治療はどうやった? ちょっとはマシかいな?
そやけどあの先生、ほんまべっぴんさんやろう? わて、もうたまらんわあ、ほんまに」
彼女がそう言いながら身悶えするように天を仰ぐと、おかっぱ髪の中から彼女の顔がはじめてはっきりと見えた。
大きく見開いたきらきらとした瞳、くっきりとした眉、高い鼻筋、歯並びがよく、愛らしい口元。
とってもキュートだ。
「じつは、今日から新しい治療法を試してみたんだけれど、まだうまくいかなかったみたいだね。
いくぶんは、気分はましなんだけれど。
先生は『気長に治しましょう』って、言ってる」
「そやなあ。気長に治さなしゃあないわな、こういうのは。
まあ、そのうちきっと、ようなるって。あんたはんも、アリスも、な」
「アリス――て?」
「ああ、アリスっていうのは、この女の子の名前や」彼女は自分を指さして、言った。
「でも、いまあんたはんとしゃべくってるこのわては、アリスやないで? いや、身体はアリスなんやけど――んもう、ややっこしいなあ。
つまり、身体はおんなじやけど、人格が違うってことや。
ああ、挨拶が遅れたけどな、わては月兎いうんや。年齢五十一歳、れっきとした紳士なんやで? どうぞ、よろしゅうに」
「あ、ええ、こちらこそ、よろしく」
ぼくは、以前柿ピーが、彼女は多重人格者だと教えてくれたことを思い出した。
道理で。妙に変な話し方はするし、股を広げて座るわけだ。
「月兎さん、でも、股はそんなに広げない方がいいよ? アリスがかわいそうだ」
「ああ、これは失礼、失礼。わてとしたことが。ついつい無意識に地がでてしもうたわ」
と言って、月兎はそそくさと股を閉じ、上の方にまくれ上がったスカートを膝の方に引っ張った。
To be continued.
