終末の唄_039
チェン先生は、そこまで説明するとスツールから立ち上がり、カーテンを閉めに窓まで歩いていった。
ぼくは先生の背中を追い、そしてそれを追い越して、もう一度窓の外を見た。
多重人格のあのおかっぱ頭の彼女は、まだ中庭のベンチに股を広げて座り、ぼくに手を振っていた。
変な感じだな。
カーテンが閉められると、白い部屋はとたんに薄暗くなった。
「さあ、いまから、意識して何かみたい夢を考えて。
つよく、つよく、思うのよ」
チェン先生はそう言うと、ぼくのチェアを回転させ、ゆっくりとリクライニングさせた。
そしてぼくの顔の上に柔らかいタオルを置き、あの不思議な感触の液体を頭に垂らすと、シャワーの湯を静かにあてながら、やさしくシャンプーをはじめた。
チェン先生の指はまるでセラミックでできているように、つるっとしていて美しい。
あれだけ繰り返し繰り返し洗髪を続けていると、普通は多少なりとも荒れたりするものだ。
けれど彼女の手は、不思議と荒れてはいないのだ。
ぼくは以前に一度、そのことについて彼女に訊いてみたことがあった。なぜ手荒れしないのか、と。
「ただ、そういうふうにできているからよ。わたしの指は」とチェン先生は、言った。
「困るでしょう? わたしがシャンプーできなくなっちゃったら。だから、ただ、そういうふうにできているの。
あなたたちを癒し続けるために、決して壊れてしまわないように、ね」
しばらくシャンプーをしてもらったあと、ぼくはチェン先生に、訊いた。
「でも、どんな夢を思えばいいんですか?」
「何でもいいのよ? あなたの夢ですもの。
あなたのみたい夢を、考えればいいのよ。
そしてこれからは、眠るときにはいつも、何かみたい夢を思うのよ? つよく、つよく。必ずね。
それが、新しいディシプリン(訓練)よ」
突然そう言われても、みたい夢をすぐに考えつくことがぼくにはうまくできなかった。
この上なくいいシャボンの香りを嗅ぎながら、ぼくの意識はしだいに薄れていく。
ひびの入った薄氷が、砕け落ちていくみたいに――。
その中で、ぼくは必死に考え続ける。
ディシプリン、ディシプリン。
何かうってつけの夢はないものか。
そして、やはりこれしかない、とぼくは思う。
〈銀色の男〉と戦う夢をみよう、と――。
To be continued.


ぼくは先生の背中を追い、そしてそれを追い越して、もう一度窓の外を見た。
多重人格のあのおかっぱ頭の彼女は、まだ中庭のベンチに股を広げて座り、ぼくに手を振っていた。
変な感じだな。
カーテンが閉められると、白い部屋はとたんに薄暗くなった。
「さあ、いまから、意識して何かみたい夢を考えて。
つよく、つよく、思うのよ」
チェン先生はそう言うと、ぼくのチェアを回転させ、ゆっくりとリクライニングさせた。
そしてぼくの顔の上に柔らかいタオルを置き、あの不思議な感触の液体を頭に垂らすと、シャワーの湯を静かにあてながら、やさしくシャンプーをはじめた。
チェン先生の指はまるでセラミックでできているように、つるっとしていて美しい。
あれだけ繰り返し繰り返し洗髪を続けていると、普通は多少なりとも荒れたりするものだ。
けれど彼女の手は、不思議と荒れてはいないのだ。
ぼくは以前に一度、そのことについて彼女に訊いてみたことがあった。なぜ手荒れしないのか、と。
「ただ、そういうふうにできているからよ。わたしの指は」とチェン先生は、言った。
「困るでしょう? わたしがシャンプーできなくなっちゃったら。だから、ただ、そういうふうにできているの。
あなたたちを癒し続けるために、決して壊れてしまわないように、ね」
しばらくシャンプーをしてもらったあと、ぼくはチェン先生に、訊いた。
「でも、どんな夢を思えばいいんですか?」
「何でもいいのよ? あなたの夢ですもの。
あなたのみたい夢を、考えればいいのよ。
そしてこれからは、眠るときにはいつも、何かみたい夢を思うのよ? つよく、つよく。必ずね。
それが、新しいディシプリン(訓練)よ」
突然そう言われても、みたい夢をすぐに考えつくことがぼくにはうまくできなかった。
この上なくいいシャボンの香りを嗅ぎながら、ぼくの意識はしだいに薄れていく。
ひびの入った薄氷が、砕け落ちていくみたいに――。
その中で、ぼくは必死に考え続ける。
ディシプリン、ディシプリン。
何かうってつけの夢はないものか。
そして、やはりこれしかない、とぼくは思う。
〈銀色の男〉と戦う夢をみよう、と――。
To be continued.
