終末の唄_037 | talk show

終末の唄_037


♯09

 休診だった次の日、クリニックの待合室にぼくは座っていた。

 パタンと小さな音がして、診察室のドアが開いた。
 黒いフードを被って、顔を覆うような大きなマスクをした男が、診察室の中から出てきて、ぼくの前を通り過ぎていった。ぼくはその黒い背中を、目で追った。

マスクの、男……」とぼくは思った。

 そしてチェン先生に呼ばれ、ぼくはいつものように、何もかもが真っ白な診察室に入り、いつものリクライニングチェアに座った。

 チェン先生はいつもより、少し疲れているように見えた。
 それはそうだろう。毎日毎日、朝から晩まで、休む暇もなく、ぼくらのようなやっかいなクランケを相手に治療を施しているのだから。
 その上、昨日はクランケが勝手に引き起こした事件にまで巻き込まれてしまったのだから。
 ぼくはふと、疲れているチェン先生のことがひどく気の毒に思えてきた。きっと先生の方こそ、ぼくらのことを気の毒に思ってはいるのだろうけれど、それでも、そのときのぼくはそう感じてしまったのだ。

 あの、失踪したオーバードーズのクランケは、いったいどうなったのだろう?
 ぼくはそのことをチェン先生に訊いてみようかとも思ったけれど、すぐにそれは思いとどまった。
 きっとぼくは、結末をしるのが恐かったのだろう。

 ふと窓の外を見ると、中庭にある木製のベンチに、多重人格者だと柿ピーに教えられたあのおかっぱ頭の女の子が座っていた。
 よく見ると、彼女は赤いダッフルコートを着て、スカートの中が見えてしまうほど股をカエルのように広げた格好で、赤い手袋をした手をこちらに向かって振っていた。
 正面から見る彼女の顔は――いつもは俯いていてほとんど見えないのだけれど――思った以上に美人だ。
 午後四時の柔らかな日差しの下で、彼女はとても柔和な表情で微笑んでいるのだった。

「――さて、調子はどうかしら?」

 チェン先生にそう訊かれて、ぼくは我に返り、視線を窓の外から先生の顔へと向き直した。

「相変わらず、です」とぼくは、答えた。

「そう? 『調子は相変わらず』、と」

 チェン先生はいつものように、ぼくが座るリクライニングチェアの横にあるスツールに座って、声をだしながらカルテにそう書き込んだ。

「相当つらそうな顔、してる」

「しってます」とぼくは、言った。

 実際、このクリニックに通いはじめた頃でもすでに相当ひどい顔つきをしていたのだけれど、いまではさらに、目は落ち込み、頬は痩け、身体はぎすぎすと痩せ細っていて、もともとのぼくからは、まるで人相が違ってしまっていた。

To be continued.

 

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