終末の唄_028
「はあ。刑事さん――ですか」
かをりの上司である課長が怪訝な顔で、答えた。
「足立かをりさんは、こちらで勤務されていますよね?」
「ええ、そうですが。あっと、今日はあいにく休暇をとっておりまして――」
「はい。しってます。彼女は今日、参考人として署の方へ任意で出頭していただいておりますので」と長谷が、言った。
「え、そうなんですか?」
その課長は近くにひとがいないかと、接客コーナーのパーティション越しにまわりを見渡した。そして尻のポケットからくしゃっとしたブルーのチェックのハンカチを取り出して、広い額の汗を拭った。
「彼女、どうかしたんですか?」
「いや、まだ捜査の途中ですので、はっきりとは言えません」
長谷はガラス製の重い灰皿を引きよせ、タバコに火をつけた。
「ですから、詳しいことはここでは差し控えさせていただきます。
ただ、彼女がどういった人物であるのか――たとえば、勤務態度であるとか、友人関係であるとか、少しお話をお聞かせいただければ、と思いまして」
「どういった人物――と訊かれましても。
彼女はとてもまじめで、優秀な社員ですよ。きちんと責任を持って仕事をしています。
仕事面だけに限らず、彼女は自分の信念みたいなものをちゃんと持っていて、何て言うか――とても、つよい人間です。揺るぎがない。
だから自分に自信を持って生きていますよ」
長谷はときどき頷きながら、静かに話を聞いていた。
「彼女がすばらしいのは、つよいだけではなく、とてもしなやかで、やさしいところも兼ね備えている、ということです。
この職場の中で、だれよりも気配りがいきとどいております。みんながいい気分でいられるように、常にまわりを気遣っています。これはそう簡単にできることではありませんよ?」
「いや、まったくですな」長谷はそう言って、短くなったタバコを揉み消した。
「失礼します」
女子社員がお盆にお茶をのせてやってきた。ふたりの会話はそこで少し途切れた。長谷はこの会社の事務員が着ている制服が気に入っていた。
彼は早速そのお茶を一口啜った。
「そんな足立くんに、もし弱点があるとすれば――」女子社員が去ったあと、課長が続けた。
「そうだな、生真面目過ぎるところ、だと思います。いったん信じ込んでしまうと、ストレートに突き進んでしまう恐れがある。
そうだ、もしかしたら彼女、だれかにうまく騙されて、それで犯罪を――」
「いや、まだそうだと決まったわけではありません」長谷が制するように、言った。
「騒ぎにならないよう、くれぐれも注意してくださいよ」
「はい、わかりました。すみません」
課長はいくぶん薄くなりかけている額をまたハンカチで拭って、言った。
「では、結構です。お手間とらせました」
この男、かなりの汗っかきだな、更年期障害かなんかなんじゃないのか? と長谷はお節介にも勝手に想像しながら、言った。
「次に、だれか、男子社員を呼んできていただけませんか?」
「はい、わかりました。刑事さん、彼女のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね?」
そう言うと、課長は事務所の中へと消えた。
To be continued.


かをりの上司である課長が怪訝な顔で、答えた。
「足立かをりさんは、こちらで勤務されていますよね?」
「ええ、そうですが。あっと、今日はあいにく休暇をとっておりまして――」
「はい。しってます。彼女は今日、参考人として署の方へ任意で出頭していただいておりますので」と長谷が、言った。
「え、そうなんですか?」
その課長は近くにひとがいないかと、接客コーナーのパーティション越しにまわりを見渡した。そして尻のポケットからくしゃっとしたブルーのチェックのハンカチを取り出して、広い額の汗を拭った。
「彼女、どうかしたんですか?」
「いや、まだ捜査の途中ですので、はっきりとは言えません」
長谷はガラス製の重い灰皿を引きよせ、タバコに火をつけた。
「ですから、詳しいことはここでは差し控えさせていただきます。
ただ、彼女がどういった人物であるのか――たとえば、勤務態度であるとか、友人関係であるとか、少しお話をお聞かせいただければ、と思いまして」
「どういった人物――と訊かれましても。
彼女はとてもまじめで、優秀な社員ですよ。きちんと責任を持って仕事をしています。
仕事面だけに限らず、彼女は自分の信念みたいなものをちゃんと持っていて、何て言うか――とても、つよい人間です。揺るぎがない。
だから自分に自信を持って生きていますよ」
長谷はときどき頷きながら、静かに話を聞いていた。
「彼女がすばらしいのは、つよいだけではなく、とてもしなやかで、やさしいところも兼ね備えている、ということです。
この職場の中で、だれよりも気配りがいきとどいております。みんながいい気分でいられるように、常にまわりを気遣っています。これはそう簡単にできることではありませんよ?」
「いや、まったくですな」長谷はそう言って、短くなったタバコを揉み消した。
「失礼します」
女子社員がお盆にお茶をのせてやってきた。ふたりの会話はそこで少し途切れた。長谷はこの会社の事務員が着ている制服が気に入っていた。
彼は早速そのお茶を一口啜った。
「そんな足立くんに、もし弱点があるとすれば――」女子社員が去ったあと、課長が続けた。
「そうだな、生真面目過ぎるところ、だと思います。いったん信じ込んでしまうと、ストレートに突き進んでしまう恐れがある。
そうだ、もしかしたら彼女、だれかにうまく騙されて、それで犯罪を――」
「いや、まだそうだと決まったわけではありません」長谷が制するように、言った。
「騒ぎにならないよう、くれぐれも注意してくださいよ」
「はい、わかりました。すみません」
課長はいくぶん薄くなりかけている額をまたハンカチで拭って、言った。
「では、結構です。お手間とらせました」
この男、かなりの汗っかきだな、更年期障害かなんかなんじゃないのか? と長谷はお節介にも勝手に想像しながら、言った。
「次に、だれか、男子社員を呼んできていただけませんか?」
「はい、わかりました。刑事さん、彼女のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね?」
そう言うと、課長は事務所の中へと消えた。
To be continued.
