終末の唄_005 | talk show

終末の唄_005

 その理髪店はとくに変わったところがない、ごく普通のありふれた理髪店に見えた。店先には動脈と静脈と包帯を表すおきまりのサインスタンドがくるくると回っていて、狭い店内の左の壁面にはこじんまりとした鏡と洗面台があり、その前に年期のはいったバーバーチェアが三台並んでいる。作業ワゴンの上には手入れのいきとどいたぴかぴかの道具が整然と並んでいる。流行りのヘアカタログのような類のものは一切置いてなくて、それらしい週刊誌が何冊かきちんとマガジンラックに差してある。そして不自然な髪型をした映画俳優のようなモデルのパネルが、反対側の壁にいくつか飾ってある。つまりこの店は、髪を茶色に染めてほしいと若い客がくるような種類の店なのではなくて、何十年来の客が「またきたよ」と入ってくるような、昔ながらの古くさい理髪店だ、ということだ。
 死体は店の入口に一番近いバーバーチェアの上に、息を引き取ったときのままのかたちで、シートを被って座っていた。真栄田刑事は彼に近づき、そのまわりをぐるりとひとまわりした。シートをちらりとめくると、被害者は目を見開いて苦悶の表情を浮かべたまま固まっていた。しゃがみ込んで傷口を眺めると、首とヘッドレストの間にはぞっとするような血の溜まりができていた。

 真栄田刑事はそそくさと立ち上がってシートを元に戻し、目を細めてため息をひとつ漏らした。正面の鏡や壁のクロスには、勢いよく飛び散った血飛沫の跡が赤黒くこびりついている。そのチェアのすぐ下のリノリウムの床には、アルファベットのAと書かれた黒いプレートが置かれ、その横に、血糊のついた鋭い刃をした凶器のカミソリが静止している。そして床中に散らばっている切り落とされた無数の髪の毛が、真栄田には何とはなしに不気味に感じられた。
 この一ヶ月足らずの間に、これと同じような惨殺事件が、このG市を中心とした近隣で連続的に発生していた。今回の事件で九件目になる。

 事件の状況は今回とほぼ同様で、何事もない平穏な状況下で、突然だれかが、何の関わりもないだれかを惨殺、撲殺したのだ。
いずれも犯人はすぐに現行犯逮捕されてはいるものの、彼らの証言はみんなそろって、〝身に覚えがない〟というものだった。マスコミは無差別殺人とも違うこの一連の奇妙な殺人事件を、犯人らのその証言から、〝夢遊殺人事件〟と呼び、ニュースやワイドショーで大袈裟に煽り立てている。同地域の住人らは、「自分のまわりにいるだれかが、いつ自分を殺しにかかるやもしれない」という疑心暗鬼に捕らわれて、みなその恐怖に震え上がっているのだ。

To be continued.