終末の唄_002 | talk show

終末の唄_002

「それで――、どうしたんだっけ?」
 かをりはあらためて訊き直した。
「つまり――」
 ぼくは仕方なく、そのチケットのようなものについて、二度目の説明をはじめた。
「ここ何週間か、ぼくはとても膨大で、やっかいな原稿の校正にかかりっきりになっていたんだ。その本は専門用語だらけの――おまけにその文章の途中には、何桁もの数字や、見たこともない記号や式が、唐突に遠慮なしにちりばめられていて、まったく何度目の奥が痛くなったことか――とても難解で、意味不明で、おそろしく眠気を誘う物理学か何かの研究書だったんだ。

 そのことについては、きみにも何度か、愚痴ったよね?」
「ええ、そうね。そうだったわ」
「それがちょうど、今日締切だったんで、昨夜は追い込みでとうとう徹夜になっちゃったんだ。

 それでも何とか夜明けまでには校了させることができて、さっきその原稿をある印刷会社に届けにいってきたところなんだ」
「それはよかった、よかった。でも、あなたにそんな大仕事を任せるなんて、会社もちゃんとあなたのことをちからのある校正士だって、認めているわけだ。さすがわたしが推薦して、我が社に中途入社させただけのことはあるわ。それで?」
「そのあとぼくは、ひと仕事を終えた心地よい充実感と開放感を味わいながら、何か本でも読もうと思って――いや、膨大な原稿の校正をやっと終わらせたところで、普通ならもうしばらく文字は見たくないって思うかもしれないけれど、そんなことはなくて、自分のために文字を追うことはまたぜんぜん気分が違うことなんだ――紀伊国屋へいって、何冊かの本と、雑誌を買ったんだ」
 ぼくはテーブルの上の、原稿がなくなって薄っぺらになったバックの上に重ねて置いた紀伊国屋の袋を指さした。
「それから、きみとの待ち合わせ場所であるこの店に向かうために、ぼくはG市駅でJRを降りてターミナルを歩いていたんだ。

 その途中で、病院の事務員のような恰好をした女のひとが、街頭でそのチケットを配っていたんだよ」
「ふうん」
 かをりはもう一度、そのブルーのチケットを上からみたり、下からみたり、裏表をひっくり返してみたりして、じっくりと眺めた。
 それは横15センチ、縦5センチくらいの大きさで、紙質は鮮やかなブルーのつるっとした光沢のあるコート紙だった。そこに小さく白ヌキのローマ字で〈Ticket〉とだけ書かれている。ほかには何も書かれていない。日にちも、時間も、何のチケットなのかも、何もない。ただ横幅の三分の一あたりに、半券を切り取るためのミシン目が入っているだけだ。
「それで、結局、これはいったい何のチケットなのかしら?」
 かをりは右の人差し指と中指との間にそのチケットを挟んで、それをひらひらさせながら、言った。


To be continued.