誰かに相談されると
無意識に「かわいそう」とか
「何とかしてあげたい」と感じて、
ついついアドバイスしたくなる
こと、ないだろうか。
しかも謎の上から目線で。
昔のわたしはまさにこれで、
なんなら相談されてもないのに
友達の悩みを勝手に自分の肩に
背負ってたこともある。
重い、重いはずだ。
それでは肩も凝る。
幸いにもそんな無礼な態度を
責めるでもなく
きちんと指摘してくれる
友人がいたので、
わたしは自分の間違いに
気づくことができた。
そっと離れてく人の方が
圧倒的に多いだろうに。
タロット・リーダーもまた、
このことに気をつけていないと
大変なことになる。
『あらゆるタロット・リーディングは
投影的である。相談者が選んだカードを
解釈するには、それらを我々の無意識と
共鳴させる以外に方法はない』
(アレハンドロ・ホドロフスキー
「タロットの宇宙」より)
無意識と共鳴させるとは、
どういうことだろう?
そして、無意識と共鳴させずに
タロット・リーディングを行うと
どのようなものになるのだろう?
たとえば、
「疲れてるんです、
どうすれば疲れがとれますか?」
という質問があったとして、
対策に星のカードが出たとして。
CBD Tarot de Marseille
by Dr. Yoav Ben-Dov, www.cbdtarot.com
「やらなければならないことから
一旦離れて、ゆっくり休むといいですよ」
「アロマは興味ありますか?
アロママッサージお勧めです」
「自然や温泉のあるところに
旅行に行ってみては?」
など、この絵から読み取れる
ことはたくさんあります。
けれど、、、
カードを観てこれらを
リーダーがさらさらと
言うだけなら、
単なる”How to”に
成り下がる。
たまたま相談者が旅行に生きたい
とおもっていたり、
アロマが好きであれば
ヒットすることもある。
でも、
答えや解決策をリーダー側が
パパッと教えることは
大きな病院の3分診療
みたいなものだなあとおもう。
それはタロット本来の
相談者の『心を映し出す鏡』
を使っていないことになる。
鏡をリーダーは観ているが
相談者は観ていない。
無意識に共鳴するって、
二人で共に観ることだ。
美容師みたいなイメージだけど、
決定的に違うことがある。
美容師なら技術的なことは
全部お任せできる。
けれどタロット・リーダーは
その人の悩みや問題を現実的に
解決してあげることはできない。
本人が人生に作り出した問題は
本人にしか解消できない。
自分以外の人生を誰も
背負うべきではないし、
背負わせようともしない方がいい。
不可能だから。
リーダーはアルカナを
知っているので
鏡に映った心の状態を解釈し、
相談者が自身の心に直面することを
サポートすることはできるけれど、
相談者の人生の選択を
かわりにしてはならないのだ。
以前、
ウラナイ・トナカイにいる時に
あまりにもしつこく質問してくる
(ようにわたしには感じられた)
方がいて、最終的に
「自分で決められないから
決めてもらおうと思って来たのに!」
と言われたことがある。
衝撃だった。
後からわかったことは、
その人は鬱病で病院にかかっている
ということだった。
そんなときに、
「すべては自分で決めることですよ」
と言うのはちがう。
相手の状態に
寄り添うことはとてもとても大事。
決めることができない人に
「決めろ」というのは乱暴だ。
相手が出来ないことを
押しつけるのではなく、
出来る状態まで一緒に
落とし込む共同作業のことを
「セッション」と言うのだとおもう。
タロット・リーディングは、
リーダーと相談者と無意識(超越意識)の
「セッション」です。
觜森 さい子(はしのもり さい…のmy Pick