Women who should be loved
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永遠に片思いmore〜切なさの夜を越えて

世の中に片思いをしている女性がどのくらいいるんだろう。



廊下の隅で

携帯の前で



つながらないハートを抱えた乙女達の想いは

今日も誰かを待っている。


片思い。

例えば振られても

彼女がいたとわかっても

自分の想いが消えることは少ない。

ならばその想いはどこにゆくのだろうと。

行き先がない。

つながらない、その想いを抱えたまま生きて行く事は

とても辛い。


好きな人の隣には

自分がいたいのに。


これは切ない想いを抱えた乙女達へ送る私からのラブレター







好きだという想いさえ消えてしまえば

こんなに苦しくないのに。

失恋した私は、昔そう思った。

こんなに大好きなのに。

私なら幸せにできるのに。

見えぬ神様に祈ったあの日。

片思いなんてしたくないと、私は確かに思った。


なのに私は

繰り返し人を愛してしまう。


恋をしないで生きられたらと思う反面

誰かを好きでいることで

幸せになっている自分がいるのも事実だったからだ。


悲しみと幸せの狭間で揺れる。

それが恋だとわかっていても

胸の痛みに負けそうになる。


女の子は必ず王子様が迎えにくるんだよと

お伽噺のお姫様達は

私に話しかけるのに

その王子様が誰だということは教えてくれない。


どうして

どうしてこんなに切ないの。

私が涙した夜。

そして今日も

この空はそんな想いでつながっている気がしている。


人に言うほど経験は重ねていない。

けれど、そんな私もようやく気がついたことがある。

それは、「愛するということは切ないということ」なのだ。

当たり前、なんていう人もいるかもしれない。

しかし本当に当たり前、なのだろうか。

好きな人と話をしたり

食事をしたり

そんな理想の側には笑っているあなたがいるかもしれない。

幸せでいっぱいのあなたが。

でも人を本当に愛してしまっていたら

きっとそこでは終われないのだ。



何かを愛すること自体

切ないものなのだとしたら。

きっと世界は

切なさで溢れている。

私だけではない。




愛しているということを伝えようとすると涙が出てしまったり

想いが通じていると感じているのに涙がこぼれてしまったり


人は不思議だ。

うれしいや、悲しいという感情以外でも涙がでてくる。

でもそれが、愛が存在する印なのだと、私は思う。


きっと愛は

想いは涙でしか越えられない。

言葉じゃぬくもりじゃ

伝えきれないから

人はどうにかして伝えようとするのだ。



胸に抱えきれないほどの感情。

その想いだけで溢れてしまいそうな自分。


それはたとえ想いが通じ合ったとしても

なくなるものではない。


両想いになっても

結婚しても


それは消えることはない。


なぜ?それはきっと

愛というものを形で表す手段がないからではないだろうか。

結局のところ私達は

不確かなものを信じ

不確かなものでしか

確かめられない。

心の中を覗くことなんてできないし

心から、全てをわかりあえることなんてできない。

永遠なんてないから

愛することは切ないのであると。


片思いで切ないんじゃない。

人を愛することが切ないのだ。


この世界は愛で溢れている。

切なさで溢れているのだ。


そう、片思いで涙を流しているのは

一人じゃない。


片思いは辛く悲しい。

でもそれ以前に

人が人を愛するということは

辛く悲しいことなのかもしれない。

だけど

大切なのは、自分がどうしたいかということだと思うのだ。

「愛したい。」

そう思うのなら

きっと切なさとともに

その想いは続いていくのだと思う。


たくさんの女の子が幸せになればいいと思う。

好きな人と結ばれればいいと思う。


片思いの切なさで溢れた空を見て思う。

だからこそ「片思い」を

「愛するということ」を

恐れないで欲しいと。





人はいつか消えてしまう。

その前にたくさんの愛を残していけたらすばらしい。

全ての想いがわかりあえないからこそ

人は愛する。

例え片思いでも。


わかり合えないから。

通じ合えないから。


人はきっと永遠に片思いをする。



恋に破れても

恋に負けそうでも


「片思い」という言葉に負けないで欲しい。


人を愛することを辞めないでほしい。


愛している、と

切なくて涙がでそうになる夜が訪れる、と

そんな人がいるから

人は優しいんだと思う。


たくさんの女の子が幸せになるように。


私は永遠に片思いをする。

たくさんの片思いを応援する。

usodaro

おまえは死んではいない。

えーと。だいぶ休んだので更新そろそろしようかと。

思う日々です。うーむ。

七五三で大誤算〜フレッシュな息で幸せゲットだよ! その参

前回の記事

その壱 その弐


娘は明らかに不機嫌で、なおかつお姉さんを睨みつけていた。

(まずい!)

一体この娘は何を言うんだろう。

どうしよう、変なこと言ったら…

その間、約一秒。

いろいろな事が頭をかけめぐる。

しかし娘を静止することすらできない無力な私。

そして娘はお姉さんに言ってしまった。


「早く写真撮って。

ぬいぐるみとか、いいからさ。早く撮ってよ。」


全てが凍り付いた瞬間だった。

私も主人も凍り付いた。石になってしまった。

娘の言っている事はもっともである。

早く撮ればいいのだ。

とにかくシャッターを押してくれ。そうすれば気分も上がるってもんだ。

実際娘はまるでモデルのようにシャッターを切られる瞬間は「笑顔」を作っていたし

写真を撮るという意図はわかっていた。

だが、そこは三歳児。

CanCamモデルのように自然には笑えない。


$Women who should be loved←こんなふうに


写真屋としては「自然な子どもらしい」笑顔の写真が欲しかったのだと思う。

だからこそ、臭い息を吐きながらもぬいぐるみであやしていたのだ。


$Women who should be loved


しかしぬいぐるみであやせばあやすほど、臭い息がでる。



$Women who should be loved←もあーん


臭い息で私や主人はステータス異常を引き起こしていた。


負のスパイラルである。


ここから抜け出すにはもう「逃げる」しかない。

さっさと撮って逃げよう。


「すみません、なんだか機嫌悪いみたいなんで、もう適当に撮っちゃって下さい…。」

これ以上の戦闘は無意味だ。

そう思った私と主人は、彼女(以下、モルボル)へそう申し出た。

ひきつった笑いでもいいじゃないか。

そうさ、きっといい思い出になる日がきっとくる。

ああ、それなのに。


「はいはい。こっちみて?ドキンちゃんがいいかな?」


に げ ら れ な いーーーーー!!!!!



$Women who should be loved


クソモルボルー!!

わかってねー!!

空気読め!


「ぬいぐるみはもういいの!(怒)

しつこい!」


ぐぎゃー!!!( ̄□ ̄;)!!

キレる娘。ひきつる私達。

私はフォローフォローでいっぱいだった。

千歳飴がもらえるということで釣った今回の写真撮影。

もう三歳だから…と油断していたのが災いして、結果は、やはり大変だった。

これもモルボル効果なのだろうか。

だとしたら、やはり恐るべきモンスターであることに間違いない。


なんとか撮り終えた七五三の写真。



多少笑顔がぎこちないものの、やはり親としては最高の写真だと思えて仕方ない。

娘の笑顔こそが最高の幸せ。

娘は千歳飴、私は無事に幸せをゲットできたのであった。



$Women who should be loved←笑顔をゲットだよ!



余談ではあるが。


写真撮影の帰り道。

モルボルの話で盛り上がった私と主人。

私 「写真撮ってた人、臭かったよね~…。」

主人「でもさ、実はこの間もだったよね、臭かったの。」

私 「え?!今回も同じ人だったの?」

主人「いや、違う。今回は違う人。」

私 「ちょ、…じゃあ、あそこはモルボルの巣窟だね…。」




$Women who should be loved


ひえー!!




主人「だね…。」


私の隣で千歳飴を食べる娘を見ながら青くなった私達。

次回行くときは

モルボル対策に「ヘイスト」必須。

「金の針」もね。


いや、絶対行かないけど。


ペタしてね



思い出は記憶の中に。ー桜舞い散る中に忘れた記憶と君の香りは戻ってこない、ひゅるりら〜

めずらしくブログネタでも書こうと思った今日。

なぜなら最近アメブロの更新頻度が落ちている私。

せっかくアメンバーになって下さった皆様にも読者様にも申し訳ないと思っているのである。

いや、本当に思っている。見えないだろうけど。

実際は携帯小説やったりメルマガやったりしてたんだけど

どうしてもアメブロで書いてる読み物系エッセイは更新頻度が落ちがちなのだ。

理由は簡単。

書くのに時間がかかるからである。

長文が多いため、クソみたいな読み物だけど、2、3時間かかるのはザラである。

でも一人でも読んでくれてる人がいるだけで私は幸せなのだ。

文字を書くことが、例え素人の個人的な趣味であろうと

私にとっての生きがいなのだから。

熱くなってしまった。いかん。ひさしぶりだとペースもあがる。

気持ちもあがる。

体温あがる。は!また熱がでてしまう。

さてさて。



そんなわけで今回は

ケータイメールで「お」と入れると、どう変換される? ブログネタ:ケータイメールで「お」と入れると、どう変換される? 参加中
↑に参加しようというわけで、ブログネタ。

私は意気揚々と携帯を開いてみた。





考えてみたら、変換機能を使ってはいるものの、使っているこっちは使った文字を記憶していない。

付き合った事実はあるものの思い出までは覚えていない。

ああ、女って薄情ね。

「ああ、あの三ヶ月付き合ったアイツ?さぁ…忘れたわよ。細かいところまで覚えてられないわ。」

なんて。なんちゃって。


ま、私の場合人数が人数だから?

覚えてられないというより?

どうでもいいとこまで記憶しちゃっててかえって面倒ですけど?みたいな?(痛い。)


思い出というのは美化していくものである。

不思議なものだ。

東京ディズニーランドで別れたことがあることすら

なんだかいい思い出のような気がしてきた。

いや、やっぱりクソだ。

私の例外はいいとしても。



まるで恋は携帯電話。

思い出を増やすごとに変換機能もメモリも増えていく。

新しい男になったら、機種変更。グッバイ旧型!!

彼と撮った写メは消去よ!

新機種カモン!!

新しい機種には機能もいっぱいよ、使いこなすのが楽しみねっ!なんて。


春は別れの季節なんていいますからね。

新しい出会いを期待する方は携帯から変えるのもアリなんじゃないでしょうか。

根拠はないですけど。



ところで本題です。←もはや忘れそうだった。

ひっぱるだけひっぱって

書かない所だった。

私、「お」と入力しました。

結果


「お尻」



撃沈。ああ、そっか。そういえばさっきそんな文字打ったっけ…。

期待して損した…。ああ、それはみんなの台詞だね…。

なんかヤバい文字とかでたらどうしようと思った。

お尻って…。

ここまでひっぱったのに…。

ちょっと悲しくなった今日。


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