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さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

あらゆる社会での対人関係の問題は心の問題の原因にもなります。
法律や政策により苦しめられている方たちもいます。


さとう社会問題研究所では、社会問題を始め、
クライアントの抱える様々な問題解決のため、助言を続けています。

近況と最近の発信(2024/12/17)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

さて、今回も最近の発信についてです。

 

Xではポストもしておりましたし、毎週土日のマイクラ配信もやれております。

 

マイクラでは新たな大型建築に取り掛かっております。

 

Xでのポストについては、そちらをご確認いただければと思います。

 

さとう院さとう(さとう社会・心理研究所)(@s_splnet)さん / X

 

 

今回はマイクラ配信での独り言と、有料メルマガや独り言でお話ししている事を動画にしたものです。

 

毎週日曜のマイクラ配信では、有料メルマガの内容をうろ覚えでお話ししております。

 

今回は年末が近づいている事もあり、「あなたの人生が良くなる考え方」「日本と社会が良くなる考え方」について幾つかお話ししております。

 

今回は、土曜の配信時点で予定していた内容と、日曜には、字数の都合で配信できた内容についてでした。

 

うろ覚えの上、ゲームをやりながらなので何言っているか分からないかも知れませんが、

ラジオ感覚でお聴きくださっている方もいらっしゃるとうかがっております。

 

わたくし自身は科学者、専門家としてお話をしておりますが、あくまでゲーム配信の中での独り言なので、

義務的にではなく、軽い気持ちでお聴きいただければと考えております。

 

 

マイクラ配信にてお話ししている事を動画にしたものです

 

こちらは配信中、久々にコメントいただけたので記念に

 

 

47分ごろから 独り言・明日配信予定の有料メルマガについて 「社会学的視点と臨床心理学的視点の使い分け」「心的現実と寄り添い」「貧困の経済学」「わたくし自身の内面=心的現実」「ガバナンス」

 

 

1時間4分ごろから 独り言・本日配信の有料メルマガ 「心的現実とは?」「心的現実の尊重とは?」 「カウンセリングとは?」「社会問題の心理主義化に対する警鐘」 「貧困の経済学と下請けいじめ」

 

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

安楽死とは「国や社会が死に責任を持つ事」である(2024/12/4)

 

毎年12月、年末には研究所としては大事なことをお話しする様にしております。

わたくしの虐待父が亡くなったのもこの時期でしたね。

ただ、クリスマスやお正月が近い事もあり、早めに済ませておこうと思いました。

 

わたくしは心理コンサルタントですが、今年から心理療法を行っております。

カウンセリングでは、死と性の話は避けられません。

そのため、さとう社会・心理研究所としては死に関するお話もしております。

 

社会問題、特に貧困に関するお話をしていると、必ずと言って良いほど「貧乏人は自殺すれば良い」というお言葉を耳にしてきました。

社会問題に関心があり、普段は「自殺は悪い事」「自殺は止めよう」と言っている方が、貧困の話になると何故か「自殺は素晴らしい」と仰っていて、わたくしは「頭がおかしい」と思っておりました。

 

みなさんは、どうお思いになりますか?

 

これだと、電信柱の陰から「僕のために死んでくれないかな~?」|д゚)

 

と言うのと同じ。それこそ忖度の要求であり集りの類。

日本の社会、国や経済界の無責任でしかありません。

 

わたくしは虐待に加え貧困もテーマとして扱っており、そのための方法として「資本主義社会の徹底化」、つまり「貧乏人を金持ちにするくらい金を配れ」と発信を続けております。

 

(この理屈はマイクラ配信でも折に触れて述べておりますので、こちらでは省きますが)

 

社会として「貧乏人が自殺すれば良い」というであるなら、国と社会の責任において、貧乏人に強制的に自殺していただくシステムを用意すべきだと考えております。

 

日本は古来より死を忌避する風潮がありますが、自殺を放置する人がそれを語る資格はありません。

罵詈雑言だけで助ける気がないのなら、せめてご自分の責任で引導を渡す方が余程誠実だと思います。

 

では、今回もこの辺で。

 

 

イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ』(ニュースウィーク日本版、2024年12月4日)


<終末期患者らに安楽死を選ぶ権利を認める法案は、耐え難い苦痛から患者を救う希望になるのか、患者に決断のプレッシャーをかけることにならないのか――>
 

耐え難い苦痛を抱えた終末期患者の人生を終わらせるために手助けをすべきか否か――これは、重大な問題だ。世界の「議会の母」たるイギリス議会で今、この問題が検討されている。

下院で11月29日、安楽死を選ぶ権利を認める法案が賛成多数で可決された。成立には今後、2回目の採決を経て上院も通過する必要がある。

政治的な問題ではなく道徳的な問題と見なされるため、下院では所属政党の意向に縛られない「自由投票」が行われた。各議員が、有権者の意見を考慮しながら、自身の良心を探らなければならない。

安楽死を選ぶ権利を認めるこの法案をめぐる議論は、賛成にしろ反対にしろ複雑で深遠だ。「誰が」認められるべきかだけでなく「いかにして」施行すべきかも検討する必要がある。

安楽死幇助法案は、これを提出したキム・リードビーター議員が言うように、「人生を終わらせることではなく死を短縮すること」に関する法案だ。

これに対する当初の世論は、おおむね好意的だった。人生の終わりがもはや時間の問題であるという恐怖の状況に置かれた人々が、威厳を保ち快適な方法で苦しみを終わらせる選択を与えられるべきなのは明らかに思われたからだ。

スイス同行だけでも自殺教唆の罪に


愛する人が命を終わらせるのを手助けしたことで罪に問われるという事件はたびたび起こり、一般の人々はこれを思いやりの行為、あるいは絶望の果ての行動だと受け止めるが、法的には犯罪として扱われる。

命を終わらせるために(一定の条件下で安楽死としての自殺幇助が合法化されている)スイスに向かうという不条理な例外はあるが、自分の国ではそれができない。

もちろん、スイスへの安楽死旅行は高額なだけでなく、末期患者が自宅やホスピスを出て長い距離を移動し、配偶者や親族などの付き添いなしに一人で死ななければならないことを意味する。

スイス行きに同行したり、あるいはスイス行きを「実質的に支援」するだけでも自殺教唆とみなされる恐れがあり、イギリスの現行法では重い懲役刑が科される可能性がある。

元ポップスターでロックバンド「ブラー」のドラマーだったデイブ・ロウントゥリーは、この現実を「サイコパス的」と表現した。彼の元妻はスイスのクリニックで安楽死している。ロウントゥリーは、死の計画を打ち明けるだけで愛する人を危険にさらしかねない、と苦しい立場を強いられる末期患者の過酷な孤独を訴えた。

テレビジャーナリストで末期患者でもあるエスター・ランツェンなど、何人かの著名人がこの法律に賛成の声を上げている。当然のことながら、避け難く苦痛が伴う最期に直面した時に、安楽に人生を終える選択肢を持ちたいと切望する人々に対しては、同情以外感じないだろう。

それに対し、危ぶむ側の声はあまり大きくない。理由の1つは、プロライフ(生命尊重)を主導するであろうカトリック教会と英国国教会の道徳的権威が、ここ数十年の虐待スキャンダルで失墜しているからだ。

代わりに、たとえば娘を幼少期に亡くしたゴードン・ブラウン元首相が、必要なのはより良い終末期医療のほうだと主張しているように、プロライフ論をリードする役目は個人に委ねられてきた。

この法案を支持する人々は、決して無理強いなど発生しない世界一厳格な仕組みができていると主張している。にもかかわらず、高齢者や重度障害者に対し、苦しむ家族や逼迫した国民保健サービス(NHS)の「お荷物になる」のをやめるべきではないかと、さりげなく何度もプレッシャーをかけることになるのではないかとの懸念の声もある。

鬱々とした日本映画『PLAN75』は、その行く末を極度のディストピア視点で探求した。この映画では、国家が文字どおり、人が死ぬためにカネを払う。

提起するのは重要な問題だ――高齢者は自分を社会の「コスト」のように感じ、自らを犠牲にするよう仕向けられているのだろうか?

イギリスの高齢者は、築いてきた資産を介護施設で過ごす晩年で使い果たすことも多く、孫たちに何も残してやれないと大っぴらに嘆くこともある。

「死のマニュアル」採用の過去


善意のつもりがいかにひどい誤りになり得るか、イギリスは経験をもとに熟考すべきだろう。

1990年代後半にイギリスでは、終末期患者にきちんと平準化したケアを行うため「リバプール・ケア・パスウェイ」という看取りケアプログラムが策定された。リバプールを皮切りに、2009年から全国のNHS病院で採用。ところが官僚的で柔軟性に欠ける運用だったため、2013年までには下火になった。

終末期患者だけでなく、末期症状とみなされた患者は、食べ物を与えられないなどして死へと追いやられたようだ。患者個々のニーズや状況はほとんど、あるいは全く言及されなかった。

あからさまな悪意こそなかったものの、医療者は「パスウェイ」マニュアルを忠実に守り、「死への道」と見まごうものを作ったのだ。

学びにはインセンティブが必要(2024/12/12)

 

記事はリスキリングの問題ですが、不登校など学校問題としてご紹介します。

 

「インセンティブ」とは「経済的報酬」の事で「お金」に限定されます。

「向社会的満足」や「幸福度」などの「やりがい搾取」はインセンティブにはなりません。

 

不登校に関連し「学校が構造的に抱える問題」と最近指摘したものの一つですが、

近年、ここ30年ほどになりますが、「学び」というものに一切のインセンティブがありません。


わたくしは、リスキリングが言われ出した当初から、リスキリングに否定的な発信をしておりました。

良くて生涯学習などと同じ趣味の領域でしかなかったからです。

 

日本の社会は総貧困に向かっているのに、お金にならない事に労力を使う企業人、職業人がいる訳がない。

現実を見られている方ほど、リスキリングと言うまやかしに引っかからなかっただけだと思います。

 

ただ、あくまで原因の一つでしかありませんが、不登校の原因の一つとしても挙げており、

この点について最近の有料メルマガでも少し触れておりました。

 

日本企業はなぜリスキリングに消極的? 「実務に結びつかない研修は時間の無駄」経験者が指摘』(JCAST、2024年12月12日)


 産業構造の変化に対応するために、社員に新たなスキルを習得させる「リスキリング」。成長産業への人材移動を促進することなどを目指し、政府も旗振りを行っているが、企業現場での取り組みは鈍いようだ。

帝国データバンクが全国の1万1000社あまりから回答を得た調査によると、リスキリングに「取り組んでいる」企業はわずか8.9%。今後「取り組みたいと思う」企業と合わせても、積極的な意欲を示した企業は26.1%にとどまっている。

「知識の習得を目的にしてもスキルは身につかない」

 

リスキリングに積極的な企業は、業種別では「情報サービス」の20.5%と「金融」の19.5%が高水準だが、「建設」は10.7%、「旅館・ホテル」は10.9%と低い。規模別では「大企業」が15.1%で、中小企業の7.7%と大きく差がついている。

肝心のリスキリングの取り組み内容(複数回答)は、「従業員のスキルの把握、可視化」の52.1%、「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」の47.5%、「就業時間内におけるリスキリングの実施」の38.8%が上位だが、抽象的な表現にとどまり、具体的な内容まではうかがえない。

都内企業の人事部で人材育成を担当するAさんは、この結果に表情を曇らせる。

リスキリングの計画は「業務の変革」を前提としたものであるべきだが、そういう取り組みが見えないというのだ。

(以下引用)

「単なる知識の習得を目的にしても、スキルは身につきませんし、会社の業績などの成果にも結びつきません。リスキリングの計画を立てる際には、デジタル化による業務の革新や、担当業務の大幅な変更などを前提にしないと、意味のあるものにならないと思います」

(以上引用)

Aさんの会社で推進したのは「DX」、すなわち新たなデジタルツールによるマーケティング業務変革に合わせたリスキリングだ。

グローバル標準のツールに合わせて業務プロセスを変えるために、組織を再編し、社員の担当業務も変更した。そして社員に新たな業務を行ってもらうために、ツールを使いこなすための研修を行ったという。

(以下引用)

「本来、これが典型的なリスキリングのひとつだと思いますが、もうひとつ考えられるのは、事業リストラに伴うリスキリングです」

(以上引用)

「デジタル人材N万人計画」では業績は上がらない?

 

Aさんによると、グローバル展開をする大手有名メーカーでは、事業ポートフォリオ再編の一環として、芽が出ない新規事業からの撤退を決めたという。

そこで希望退職を募るとともに、これまで機器を動かすプログラムを開発していた組み込みエンジニアを、EC向けのウェブエンジニアに異動させる計画を立てた。

そして、異動を希望した社員に対し、リスキリングを目的とする大規模な研修を実施したという。Aさんは「一般的な常識から考えると大胆すぎるようにも思えますが、まったくのゼロから教えるよりも習得が早く、戦力化しやすかったと聞きました」と明かす。

Aさんは、このようなリスキリングはもっと増えていくべきだと主張する。

(以下引用)

「日本企業は米国などと異なり、実質的に解雇が困難です。事業から撤退しても、社員を他部署に異動させるなどして、雇用維持の努力をしなければいけない。このときに生じたスキルのミスマッチを解消させるために取り組むのが、本来のリスキリングです」

(以上引用)

一方、多くの日本企業の場合、明確な目的を持たずに「全社員のスキルの底上げ」と称して、全員に同内容の研修や試験を行う場合が多いという。確かに調査結果でも、取り組み内容に「従業員のスキルの把握、可視化」や「eラーニングの活用」をあげる会社が多かった。

(以下引用)

「おそらく多くの大手企業では『デジタル人材N万人計画』などという目標を掲げ、全社員を対象に画一的なテストや研修を行い、会社全体のスキル底上げを図ろうとしていると思います。『リスキリングに取り組んでいる』と答えた8.9%の企業はこのタイプではないでしょうか。しかし、何かのツールを使えるようにするなど具体的な目的を持った取り組みじゃないと、スキルの定着もしないし、業績向上につながる成果も出てこないと思いますよ」

(以上引用)

「参加者の身が入らないのは仕方ない」

 

それでは、具体的な目的を持ったリスキリングの取り組みを増やすには、どうすればいいのだろうか。Aさんは「あまり関係ないように思われますが、経営者のリーダーシップでしょうね」と言う。

(以下引用)

「経営者が経営戦略として、事業の再編を決断すれば、組織も変わるし、自然と本質的なリスキリングの取り組みが必要になるんですよ」

(以上引用)

しかしほとんどの会社では、一度始めたものはなかなか変えられないし、やめられない。Aさんは

(以下引用)

「そこに手を付けずに、形だけのリスキリング研修をしても、参加者の身が入らないのは仕方ないでしょう」

(以上引用)

とコメントした。

実際調査でも、リスキリングに取り組む際の課題として「従業員のモチベーションの維持が難しい」が42.0%とトップになっている。