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スポーツ界で「通訳」が注目される機会は、そう多くない。しかしイタリアのサッカーリーグ、セリエAのACミランに入団した本田圭佑をめぐって、その通訳絡みのニュースが最近報じられた。ACミラン幹部がメディアに「ホンダは専属通訳を付けない」と語ったのだ。

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 日本が誇るファンタジスタ(創造性に富んだ魅力的なプレーをする選手)は早くからイタリア語を勉強中で日常会話はもちろん、プレーする上でもまったく問題ないレベルにまで熟達しているという。これまでもプレーしたVVVフェンロ(オランダ)、CSKAモスクワ(ロシア)でも英語でコミュニケーションが取れており、通訳を必要とする機会がまったくと言っていいほどなかった。

 一刻も早く新天地に溶け込んで活躍するためにも間に通訳を挟むことなくフェイストゥフェイスで会話し、コミュニケーションを深めたい――。そんな本田ならではの強い決意がうかがいしれる。

●中田ヒデ、長友……、セリエAの成功者はプロとしての通訳を頼る

 だが通訳を不要とする決断は、とても勇気がいることだ。サッカー界で、かつて数々の伝説を作り上げた中田英寿氏ですら専属通訳の存在は欠かさなかった。1998年にイタリアのペルージャへ移籍した中田氏は独学で英語やイタリア語を学んでいたことで加入当初から相当なレベルのトリリンガルとなっていたが、監督と起用法や戦術面について話し合うときなど大事な場面では極力通訳を介して会話するように心がけていた。

 「どんなに語学を身につけても自分は日本人であり、そこで生まれ育った人たちのような習慣や微妙な言い回しまでは習得できない。だから、その道のプロである通訳の人にボクは頼る」というのが、当時の中田氏の考え。

 その姿勢は結局、2006年の現役引退まで変わることはなく貫かれた。同じくセリエAの強豪インテルミラノで押しも押されぬトップDFとして君臨中の長友佑都もイタリア語を流ちょうに操るが、現在でも専属通訳は付けている。

 セリエAで成功を収めた中田氏、そして長友――。一方の本田は、まだカルチョの世界ではスタートラインに立ったばかりだ。これまで同様にイタリアの超名門クラブでも結果を残せるかどうかは神のみぞ知るところ。しかし強靭(きょうじん)な精神力と卓越したパフォーマンスを身につけている本田だけに日本のファンや地元のミラニスタ(ACミランのファン)は彼の型破りな活躍を期待している。筆者もその1人だ。

 本田の「通訳は不要」という思い切った決断が功を奏し、ACミランの主力たちと早いかたちでディープなコミュニケーションを築き上げ、チームの水に慣れることができれば、背番号10はすぐにピッチで躍動するだろう。

●通訳に頼り切ってしまってはダメ、話すときは自分の言葉で

 さて、前出の中田氏が「その道のプロ」と口にしていた通訳という仕事は、スポーツ界においてもとても難しくデリケートな役回りである。サッカー界だけではなく、それは野球の世界でも一緒だ。

 かつてメジャーリーグのニューヨークヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏の専属通訳を務めたロヘリオ・カーロン氏から「単に選手のコメントを訳すだけではなく、周りの空気も読めなければいけない」という専属通訳の鉄則を聞いたことがある。四六時中、聞く側に立って常に配慮する姿勢も忘れないようにと心がけながら気を配っていたという。

 カーロン氏は現役時代の松井氏にプライベートで英語も教えていた。「すべて通訳に頼り切る雰囲気を作り出してしまうのもダメ」という持論があったからだ。2003年のメジャー移籍当初は中学生程度の簡単な単語しか話せなかった松井氏が、カーロン氏の熱心な指導によって数年後には通訳なしでもチームメートと野球の技術論を交わせるレベルにまで急成長。

 松井氏も「ロヘ(カーロン氏の愛称)のおかげで自分は本当に助かりましたよね。『難しいことはともかく、基本的にはなるべく自分で話したほうがいい』というのが、彼の考えでしたから。たくさんの選手と直接会話できるようになったことで、チームメートにボクの本音が伝わるようになった」と語っている。

 専属通訳のカーロン氏の尽力によって松井氏は語学力を大きく向上させ、他のチームメートたちとストレートな本音をぶつけ合えるようになり、信頼関係を深めるに至ったのだ。これがゴジラのサクセスストーリーの一端を担ったのは言うまでもない。

●「専属チーム」のせいでチーム内から浮いてしまった松坂大輔

 逆に通訳が思わぬ「壁」を作ってしまうこともある。2007年に西武ライオンズからレッドソックスへ移籍した松坂大輔投手(現メッツからFA)のケースだ。松坂は専属通訳、さらには個人トレーナー、専属広報ら日本から大勢のスタッフを引き連れて入団。異国の地でも万全な体勢を整えて臨めるようにと「チーム松坂」を結成したのだが、こうした過剰なまでのバックアップ体制が結果的にマイナスとなってしまった。

 当時のチーム正捕手だったジェイソン・バリテックが「ダイスケは話をしていても、相手の目を見ない。オレはまるで通訳と会話しているみたいだ」とブツクサ言っていたのも無理はない。マウンドで松坂がバリテックとバッテリーを組みながら毎回のように呼吸が合わず四球を連発させていたのも、2人のコミュニケーションが実はうまくいってなかったのだから当たり前である。

 「松坂は監督やスタッフ、ナインとも常に通訳を通して会話していた。いわゆる『チーム松坂』の面々が常にそばにいたから、日本語だけでも彼は困らなかったのです。ところが知らず知らずのうちに、レッドソックス内で浮いた存在になっていってしまった。松坂に関してはポスティングシステムの入札金や契約金などを合わせた額が約1億ドルとも言われていただけに、ただでさえ彼は一部の選手たちからねたまれていましたからね。

 入団1年目でレッドソックスはワールドシリーズを制覇したが、シャンパンファイトで松坂のところに自らやってくる選手は皆無に等しかった。「他のチームメートと写真で2ショットになっているのは、日本の報道陣が無理矢理リクエストしたからですよ」(メジャー関係者)

 自らの取り巻きによってコミュニケーション不足に陥ってしまったのだから本末転倒。とはいえ、そうした中で松坂も段々と自分がチーム内で置かれている立場に気付き、後年は「チーム松坂」を解散して専属通訳を使わず積極的に話しかけるようになっていった。それでも時すでに遅しの感は否めなかった。

●上原浩治や川崎宗則は日本語を使ってでも自分の言葉を重視する

 2012年オフに退団した松坂と入れ替わるようにレッドソックス入りしたのが上原浩治投手。2013年シーズンは守護神として7年ぶりにチームのワールドシリーズ制覇に貢献したのは記憶に新しいところだ。

 「上原は関西出身でノリのいいキャラ。英語は完ぺきではないけれどブロークンイングリッシュとオーバージェスチャーで一生懸命に相手と話そうとする。だからナインから愛され、すぐにチームに溶け込むことができたのです。

 大事なところでは通訳を呼び、それ以外はなるべく1対1で話をする。それが彼のポリシー。これまでも他のチームメートと通訳を伴わずに何度も食事に出かけています。上原本人は『日本語でも、気持ちを込めて話せば相手にちゃんと伝わりますよ』と大マジメに言っていますからね(笑)」(前出の関係者)

 そう考えれば、ブルージェイズと今オフに再契約を結んだ川崎宗則内野手も上原と同じようなタイプと言える。

 レンジャーズで大黒柱になりつつあるダルビッシュ有投手は、日本人メジャーリーガーの中では「異質」だ。日本ハム時代から英語を学んでおり、そのレベルはかなりのもの。専属通訳を帯同しながらもコミュニケーション上では、ほとんど必要としていない。それどころか2013年シーズン中はイアン・キンスラー内野手や、バッテリーを組んだ捕手のA.J.ピアジンスキーと英語で激しく口論する場面も見られた。

 「『言いたいことは、なるべく自分の言葉で直接言う。でも仲間だからといって、ヘンに相手にこびるようなことはしたくない』というのが、ダルのスタンス。ヤンキースのイチローも、ダルに近い考え方のようです。

 ちなみにイチローも専属通訳を伴っていますが、実際のところ彼の英語力は米国人記者いわく『完ぺき』。それでもイチローが長年に渡って通訳を付け続けているのは『自分の発言が変なかたちでとらえられることを防ぎ、メディアとの距離をコントロールするため』と言われています」(メジャー関係者)

 通訳に対する海外プレーヤーたちの考え方は三者三様。だがプレーだけでなく、通訳に頼り過ぎずに自らのコミュニケーション能力を向上させることも大事なのは間違いないようである。