何故かWikipediaには書かれてないが、ビオレータ・パラの娘イサベル・パラは1979年に来日公演を行ったことがある。

まだピノチェト軍事独裁政権の時代で、イサベルも亡命先のフランスからの来日だった。

コンサートでイサベルの歌を聴いて思ったのは、当たり前と言えば当たり前かも知れないけど、イサベルはイサベル、ビオレータでは無いということ。

ビオレータの娘ではあるし、ビオレータの作品をレパートリーの中心に据えて、母の歌を歌い継いで行こうとしている人でもある。

ただイサベルとビオレータは性格はかなり違う。イサベルはむしろ父親の性格を受け継いだのだろう。温和で生真面目な人で、母ビオレータのような激しさは無い。
それが良いとか悪いとかではなく、母親のイメージを求められたらちょっと辛いだろうなと思った。
日本に『Gracias a la vida』が最初に紹介されたのは、あるいはジョーン・バエズ盤かも知れないけど、広く知られるようになったのはやはりメルセデス・ソーサの『ビオレータ・パラに捧ぐ』というアルバムからだろう。

それは日本だけではなく中南米諸国でも同じような状況らしい。

その意味で、この歌で果たしたメルセデス・ソーサの役割はとても大きいのだが、メルセデス・ソーサのこの歌の解釈には疑問がある。

メルセデスはゆっくりとしたテンポで荘重に重々しくこの歌を歌い上げる。
何かビオレータ・パラを祭壇に祭り上げているような歌い方だ。

そしてほとんどの歌手がメルセデスを真似て、この歌を重々しく歌う。

でも、この歌は恋の歌なのだから、恋する思いが伝わるような躍動感のある歌い方をして欲しいと思う。

さすがにイサベル・パラはテンポを速めにして躍動感を出している。

そのイサベル・パラを上回る躍動感を出していたのがリディア・トラーバという歌手で、ハイメ・トーレスのアルバムの中でこの歌を歌っていた。

リディア・トラーバのソロアルバムは日本では出た事が無いし、リディア・トラーバについては何も判らないのだが、この一曲を聴く限り、素晴らしい歌い手だろうと思う。
ビオレータ・パラの代表作とされる歌『Gracias a la vida』。

この歌は日本では普通『人生よ、ありがとう』と訳されているが、在日コリアン歌手の李政美(イー・ヂョンミ)さんのホームページでは『ありがとういのち』という訳になっていた。

前からこの歌のvida(英語のlifeに相当)を『人生』と訳す事に疑問を持っていて、このタイトルは『命ありがとう』と訳すべきではないかと思っていたので、李政美さんの訳は我が意を得たりという感じだった。

(なお、ジョーン・バエズ盤では『この生命永遠に』という訳になっていた)

李政美さんのホームページには他にもビオレータ・パラの作品がいろいろ紹介されていて、この人がビオレータ・パラ大好きなのが判る。

今の生活では、時間的にも経済的にもコンサートなど行ける状況ではないけど、行けるものなら一度李政美さんのコンサートに行ってみたいなあ。